「大体よお。ロリコンとか言いやがるが、三十二と二十五なら普通だろ」
「まあそうですね。スクアーロさんが幾つの時に私を受け入れたのかで大分印象が変わってきますけど」
「そこまでは言わねえぞぉ。そんなのお前次第だ。未来なんか幾らでも変わるだろうが。下手したら失敗するかも知れねえぞぉ」
「……」
「その顔やめろ」
「……はい」
「あのなぁ。おい! 待て、泣くなよ!? 我慢しろ! ……別に俺は未来を変えて欲しい訳じゃねえ。良いか、よく聞け。必ず跳ね馬に相談してイタリアに来い。あいつはお前が真剣に頼れば何でも言う事を聞く。家光にもアピールしろ。あいつが嫌がれば嫌がる程ボスが喜んで俺を差し出す。あと俺が嫌がっても諦めるな。態度は悪いが俺は周りに苛ついてるだけでお前自身は嫌悪してねぇ。お前は黙って跳ね馬達の言う事聞いてろ。あと、失敗したらお前の前で跳ね馬を殺すぞ。良いなぁ」
「……頑張ります」
「よし」
「ディーノさんの為に」
「そこか」
「ごめんなさい……冗談です」
「言わなくても分かってる」
そう言って笑う彼は本当に私と付き合いが長いのだろうな、と思った。私が何を考えてるのか、全てお見通しなのだろう。
「今更ですけど。スクアーロさん、浴衣も似合いますね」
「……そうかあ?」
「はい」
「お前も似合ってるぞぉ」
「ありがとうございます」
「色気はねえが」
「一言多いです」
「たまには着てくれ」
「十年後まで覚えていれば」
私が言えば、スクアーロさんは目を伏せる。
「……俺は」
「はい」
「十年前の今日を一日たりとも忘れちゃいねえ」
「え?」
「十年後のお前は本当に良い女だった」
「……」
「お前も今日の事を覚えてりゃあ良いんだけど、俺との事なんか忘れてそうだなぁ……」
スクアーロさんが、何だか切なげに溜め息をつくものだから私は慌てた。
「忘れないように努力します」
「そうしてくれぇ」
何だか困ったような顔で、スクアーロさんは笑う。
どうか、お願いだから、そんな顔をしないで欲しい。いつもみたいに自信に満ちた笑顔を見せて欲しい。けれど、今この人を慰められる事が出来るのは未来の私だけなんだと思うと無性に悲しかった。同じ自分ではあるのに、彼は私なんか見えてないみたいで、とても悔しい。
「おい、その顔やめろぉ」
「じゃあ、スクアーロさんも、その顔やめてください」
「ああ」
「……私、頑張ります」
「ああ」
「スクアーロさんが夢中になるくらい良い女になります」
「ああ」
「急いで大人になります」
「別に急がなくて良い」
「でも」
「でもじゃねえ」
「……」
「今、言わなかったが」
「はい」
「俺達は、これから沢山会って沢山話して沢山の時間を一緒に過ごす」
「はい」
「たまに衝突するし、喧嘩もする。すれ違いも山ほどある」
「はい」
「でも、どれもこれも、思い出すと愛しくてしょうがない」
「……」
「最初はガキのお前に何か微塵も興味もなかったが、今は、どのお前も関係なく、一緒に過ごした時間がたまらなく、愛しい」
深く腰をかけ、前方をぼんやりと眺めているスクアーロさんの横顔を見つめる。何かを思い出すように前を見るスクアーロさんの瞳はとても綺麗だった。
「だからよぉ、勿体ねえだろ。早く大人になられちゃ」
不敵な笑みを浮かべて、スクアーロさんが視線をこちらに寄越した。
「必ず俺の隣に来い。時間が掛かっても良い。絶対に来い」
「はい」
「愛してやるから」
「はい」
大きな手が頭に触れる。そのまま撫でてきた手は乱暴だけど、なんだかとても優しくて涙が出そうだった。
頑張ろう。
スクアーロさんに好きだと言って貰えるように努力しよう。
今の私は、現在のスクアーロさんに見向きもされないし、ろくに会話も出来ないくらい距離がある。
先は長いのだろうけど、時間をかけて、距離を埋めていこう。
そして、十年後。
今私の隣にいる未来の彼を驚かせよう。
彼が十年後に戻って来る頃には、浴衣で迎えてあげよう。
この日の事を忘れた事はないですよって、笑ってあげよう。
最初会った時は、スクアーロさんが怖くて仕方なかった事、
山本君と戦っている貴方を見ていて、何だか、気になってしまった事、
白蘭がいる世界の十年後の貴方がたまらなく素敵で一気に火がついた事、
そして今日貴方と話して、未来の私に嫉妬した事、
今日、貴方を愛したいと思った事、
全部全部話してしまおう。
今はまだ、愛してるとか、そういう事は、よく分からない子供の恋愛感情だけれど。
貴方の話だと私は、きっと貴方と同じ様にこの先愛しくてたまらない日々を過ごすはず。
私も貴方と過ごした日々が愛しくて仕方がないの。
そう言える時間をこれから作って行こう。
だからその時までどうか待っていてください。
貴方の驚く顔を見るのが楽しみです。
十年後に、またお会いましょう。
(2011.07.10)
(十年越しの待ち合わせ)