『こんばんは、ソラさん♪早速メールしちゃった〜。今日はありがとうございましたー!良ければ明日は学校休みだし、一緒に出かけない?京子ちゃんとショッピングするんだ。アタシ、ソラさんも一緒に来てくれると嬉しいな♪』
ベッドに寝転がりながら、姫ちゃんから来たメールを眺める。
何やら今日一日で、随分と彼女に好かれてしまったようだ。帰り際にメールアドレスを交換したら、もうこれだ。
「ま、いいか。私も行こうかな」
ごろごろと転がりながら、お誘いを承諾するメールを打つ。
多少迷ったものの、私はどうにも、姫ちゃんが気になっていた。別に変な意味じゃない。ただ、妙な違和感があると言うか、変な胸騒ぎがするというか。
大体、姫ちゃん達と一緒にいる時、すれ違ったシャマルさんの反応が異常だった。
下手をしたら、マフィア関連の人なのかもしれない。だとしたら、京子ちゃんを姫ちゃんに一人で会わせるのは良くない気がする。
「めーるありがとう、きょうはたのしかったね、おさそいありがとう、あしたはわたしもつごうがいいから・いっ・しょ・に・い・き・た・い・な、と。送信」
まあ、息抜きにもなるし良いか。
私は携帯を握りしめて、天井を眺めた。
***
――ショッピング当日。私達は女性向けの洋服店に来ていた。
「この服どうかなあ」
京子ちゃんが、可愛いらしいデザインのカットソーを見せてくる。それを見て、姫ちゃんが頷きながら微笑んだ。
「良いんじゃない?京子ちゃんには、そういう可愛い服、とっても似合うわ〜」
「本当?」
京子ちゃんが小首を傾げたので、私は大きく頷く。
「うん。絶対似合う。京子ちゃんはそういう服が良いよ!」
「わあ、ソラさんも、ありがとうございます!じゃあ買っちゃおうかな」
私が興奮気味に言うと、京子ちゃんは嬉しそうに服を抱えた。
「あ、そうだ。さっき見つけたんだけど、これ姫ちゃんに似合いそうだと思うんだ」
京子ちゃんが、一枚のシャツを持ち上げた。
それを見て、自分の顔の筋肉が引きつるのを感じる。 京子ちゃんが手にしていたのは、紫と白のボーダー柄のシャツだった。
「しししっ、ありがと。アタシ、こういう服だーいすき」
にんまりと、姫ちゃんが歯を見せて笑うのを見て、私は完全に固まった。
しししと言う笑い声が、聞こえたような気がする。
ダメだ、私どうかしてる。ボーダー柄のシャツを見て、こんな幻聴が聞こえてくるなんて。幾らベル君が夢に出てきたからってどうかしてる。ヤバイ。そこまで私の頭はあの異常者王子に浸食されていたのか。
私が一人頭を抱えていたら、この服買って来るね。と、京子ちゃんがその場を離れて行く。レジは混雑していて、戻ってくるのには少々時間が掛かりそうだった。
「ソラさん、どうしたの?」
あんまりにも云々唸り過ぎていた為か、姫ちゃんが不思議そうな目で、こちらを覗きこんで来る。
「なんか、このシャツ見てから様子が変よー?」
「うわっ」
ボーダー柄のシャツを掲げられて、思わず目を逸らしてしまう。自分でも思うけれど、過剰反応にも程がある。
「えー、何その反応。ソラさん、こういうシャツ好きじゃない?アタシは大好きなんだけどなー」
「そ、そうだね。姫ちゃん、今着てる服もボーダー柄だもんね。私は、あの、好きじゃないっていうか、ボーダー柄のシャツを見ていると、知り合いを思い出してしまうというか」
「なあに、もしかしてそれって男ー?」
にやにやと姫ちゃんが肘でつついてきた。
「あ、うん。まあ」
「わっ、本当?」
「うん。なんていうか。初恋の人?というか、なんというか。まあ、もう会う事もないんだろうけど」
「はあ?」
「え?あっ姫ちゃん、シャツ!シャツ落としてる」
軽く目を見開いて私を眺めていた姫ちゃんが、はっとした表情になって落としたシャツを拾い上げた。彼女はシャツを軽く叩いて、棚に戻す。
「あー、もう。ソラさんが変な事言ってるから、ビックリしちゃったわー」
「え、私変な事言った?」
私が聞くと、楽しそうに姫ちゃんが笑う。
「うん。アタシ、ソラさんが恋するような人に見えなかったから」
「え、何ソレ、どういう意味ですか」
「なんてね。じょーだんじょーだん」
ひらひらと仰ぐように姫ちゃんが手を振った。
「初恋の人ってもう会えない人なんだ?」
私の横で、姫ちゃんがぽつりとつぶやく。私は洋服を手に取って見ながら、それに答える。
「まあ、会えるだろうけど、二人で会う事は絶対ないよ。私も二人で会うのは怖いからやだ」
「何だソレ。意味分かんね」
「え?」
何か不穏な気配を感じたので、洋服棚から姫ちゃんへと視線を移す。しかし、先程聞こえた声の調子とは打って変わって、彼女は穏やかな雰囲気で笑っていた。
あれ、なんだろう。幻聴?
私が奇妙な気持ちで姫ちゃんを眺めていると、彼女は「どうしたの、ソラさーん」と、小首を傾げる。
どうやら幻聴だったらしい。
困惑する私を余所に、姫ちゃんは会話を続けて来た。
「初恋の人って怖い人なのー?」
「怖いよ、すっごい怖いよ。完全に異常者だもん」
ふーん。と、姫ちゃんが感情の無い声を出す。その手には、さっきとは別のボーダー柄のシャツ。どうやら彼女はボーダー柄が好きらしい。
「そんなに怖い人なら、もう会えなくて良かったわね」
「……それが、そうでも無くて」
「ええ?」
「何か良く分からないんだけど、会ってみたいんだよね」
「どうして?」
姫ちゃんが不思議そうな表情でこちらを見ている。
どうしてと言われても。私だってどうしてなのか良く分からない。
「え、なんだろ。どうしてだろう?」
「あはは、やだー、ソラさんってば。アタシが知ってる訳ないでしょー」
「ですよねー」
あっはっは、と二人で笑いあう。姫ちゃんは楽しそうだったけれど、私から出たのは乾いた笑いだった。
そうこうしていると、レジの方で、京子ちゃんが買い物を済ませてこちらへ向かって来るのが目に映った。
荷物を抱きかかえて笑顔を浮かべている京子ちゃんに手を振っていると、後ろからしししっ、と、あの笑い声が聞こえてくる。
「まー、そんなに言うなら、暇つぶしに会ってやらない事もねーよ」
姫ちゃんの声とは別の、聞き覚えのある声。
まさか、と不安がよぎり私は弾けるように振り返った。しかし、背後には、姫ちゃんの姿しかない。
「どうしたの?ソラさん」
「い、今、男の人来なかった?私達くらいの年の、黒コートでボーダー柄のシャツ着て金髪で目元が隠れるぐらい長い前髪の変なティアラかぶってる明らか変質者な人」
「随分具体的ねー。でも、さっきからアタシしかいないわよ」
それにそんな人いたら直ぐに分かると思うなー、と姫ちゃんが周囲を見回す。私も一緒に周囲を見回すが、ベル君らしき人はいない。けれど、今。確かにベル君の声が聞こえた。流石にこんなにはっきりした幻聴、おかしいとしか――
「ソラさん、姫ちゃん、お待たせ!」
「あ、来た来たー。京子ちゃん、おかえりー」
私が眉をひそめている中、姫ちゃんは戻って来た京子ちゃんを迎え入れる。そんな中、私は一人だけ目を白黒させながら周囲を見回していた。
***
暗転。
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