懐かしい夢を見た。
     何でこんな時にあんな夢を見るのだろうか。
     私はベッドから降りて、けたたましく鳴り続けていた目覚まし時計を止めた。

    「学校、行かなくちゃ」

     急いで着替え、部屋を後にする。

    「おはよ。ソラ姉」
    「おはよう、ツナ」

     私よりも早く食卓についていたツナがこちらを見た。隣に腰かけて、私はいただきますと一言。 母さんが元気よく「召し上がれ」と笑う。
     何て事の無い、普段通りの朝だ。

    「アルコバレーノの試練、今日からだよね。大丈夫?」
    「まあ、出来る限り頑張るよ」
    「応援してる。私も何か手伝えれば良いんだけど」
    「うん、ありがとう」

     ツナが困ったような表情で笑った。

     私達は今、白蘭達がいる十年後の未来から一時的に現代に戻って来ている。ツナが十代目として相応しいかどうか、アルコバレーノの試練を受ける為だ。
     一週間以内に全ての試練をクリアしなければならないツナは責任重大なのだけれど、私と言えばする事が無かった。
     リボーン君は「普通に生活して羽を伸ばせ」と言うのだけれど、これからツナ達が大変だと言う時に、そんな気分にはなれない。と言っても、私に出来る事なんか何一つないからどうしようもない。

     っていうか。何でそんな状況でベル君の夢なんか見るかな。
     ご飯を食べながら、ぼんやりと夢の中の事を思い出す。あの夢は、実際に起きた事で、ただの夢という訳ではない。小さい頃におじいちゃん――九代目の家に行って迷子になって、ヴァリアー入り立てのベル君に遭遇し一日中拘束されたのだ。
     妙に美しい話に記憶が改ざんされてしまっているが、分かってる。どうせ、覚えていない「楽しく遊んだ」辺りが、血と恐怖にまみれた、そりゃあ恐ろしい物だったから、怖いあまりに記憶が良い方向へと修正されているのだろう。だって、私、覚えてる限り、彼に感謝の言葉を一切言ってないし。
     それに、本人を見れば分かる。絶対良い話な訳がないって。何故そんな事が分かるかと言えば、最近、私と彼が再会を果たしたからである。

     彼は昔とあまり変わり映えがしなかった。背は高くなっていたし、声変わりもしていたけれど、見た感じあの時のままだったので、すぐ子供の頃に出会った王子様だと分かった。そしてそれに気付いてから、思い出さなきゃ良かったと即後悔した。
     王子様――ベル君は、ボンゴレファミリー最強と謳われる闇の独立暗殺部隊、ヴァリアーの幹部だった。それだけならまだ、良い。いや、全然良くないけど。でも、現状は遥かに良くなかった。
     彼は僅か八歳で、自らヴァリアーに入隊した天才だった。プリンス・ザ・リッパーという通り名で呼ばれ、遊び感覚で人を殺す異常者。しかも自分の血を見ると興奮して見境が無くなり暴れまわるという、おまけつき。さらには昔自分の手で兄をゴキブリと間違えて殺したっていうのだから笑えない。あまりにも恐ろしくて、彼の事なんか微塵も覚えていない素振りで通した。まあ、向こうも私なんかには目もくれなかったから、その対応で合っていたのだろうけれど。
     一つ彼の事で良かったと思えるのは、ベル君が本当の王子様な事だ。訂正。全然良くなかった。あんな王子がいるなんて、世も末である。

     ともかく私には確信があった。すっかり抜けている「彼と遊んだ」記憶は、「かくれんぼしよ、負けたら指一本ずつ詰めていく」とか「ちゃんばらでもする?実刃で」とか、そう言った恐ろしい類の物に違いないという事に。だからお父さん達も私を怒らないでベル君だけを怒ったのだろう。私が勝手な行動をした罰は、充分にベル君から受けたのだから。多分この推理に間違いない。
     それは分かっているのに。
     何ともまあ染み付いた感情と言うのは簡単には離れない。
     彼が私の中で長い間ずっと「ちょっと変だけど素敵な王子様」とか言うイメージでいてくれていたせいで、私はベル君が嫌いにはなれなかった。
     っていうか、寧ろ。好き、かもしれない。
     出来ればもう一度会いたい。とか、恐ろしい事を考えている。
     私には自殺願望は無かったはずなのだけれど。どうにもベル君の姿が頭から離れない。ちなみに私はマゾでもない。まあ、それだけ、幼少の頃の記憶の威力と言う物は恐ろしいと言う事なのだろう。

    ***

    「あれ、京子ちゃんに黒川さん。それにハルちゃんも」

     悶々と学校を過ごした、その日の放課後。
     校門の前で京子ちゃん達が立ち話をしているのが目に入った。

    「あ、沢田のお姉さん」
    「ソラさんも今から帰りですか?」

     黒川さんがいち早く私に気づき振り返ってくる。それにつられる様に京子ちゃんはお花のようなほんわかとした笑顔で私を見た。思わずにやけて手を振ると、彼女達の前方に見慣れない二人組がいる事に気が付く。

    「あれー、京子ちゃん、花ちゃん。そっちの人誰?」
    「沢田のアネキ。ソラさんっていうの」

     黒川さんがそう言えば、赤毛の可愛らしい女の子がこちらに顔を覗かせる。髪形は前から見ると短く切りそろえられていてボーイッシュな感じだけれど、襟足は長く伸ばしているらしい。こちらへと近寄ってくる彼女の後方に、束ねられた髪がふわりと見えた。

    「はじめまして。沢田君のお姉さん。アタシー、針山姫子」

     にこにこと人懐っこい笑みを浮かべて、両手を握ってくる。なんとも愛想の良い子だ。

    「はじめまして。沢田ソラです。宜しくね。針山さん」
    「チッチッチッ、ひーめ」
    「え」
    「アタシの事は姫って呼んでね〜」

     そう言う彼女は明るい表情の割に、有無を言わさないような雰囲気を醸し出していた。私がそれに、妙な違和感を感じていると、京子ちゃんがにっこりと笑う。

    「姫ちゃんはね、今日私達のクラスに転入してきたんです。ね」
    「そーなの。で、こっちはアタシの双子の兄弟でー。針山紋太」

     姫ちゃんの後ろから、栗色の髪の男の子が顔を見せた。

    「よろしくね、針山君」
    「紋太で良いよ」

     素っ気なく言いかえし、紋太君は黙ってしまった。活発な姫ちゃんとは違い、彼は大人しい子らしい。

    「姫ちゃん達は引っ越してきたばかりで日用品がないそうです。なのでこれからハル達お買い物にご一緒するんです!」
    「あ、そうだ。良かったら、ソラさんも一緒に来てよー、こうして会ったのも何かの縁だしー」
    「うーん、私は」

     断ろうとした所で、姫ちゃんにがっしりと手を握られてしまう。

    「じゃ、行こー」
    「わ、ちょ」
    「レッツゴーです!」

     右手は姫ちゃんに引っ張られ、左手はハルちゃんが握ってしまう。私は逃げる事が出来ず、二人に引きずられて並盛の町に繰り出す事になってしまった。
     お買いものなんてしている気分ではないのだけれど。まあ、悶々としていた所で、私がツナ達に出来る事なんか無いに等しい。こうやって束の間の平和を楽しむのが一番なのかもしれない。
     観念した私は、皆と一緒に放課後を楽しむ事にした。

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