「は?」
隣にいる獄寺君は、目を丸くして、口をあんぐり開けている。
完全に勢いだった。何も考えていなかった。とりあえず口にしただけだった。
段々と自分が何を言ったか分かった頃だろうか。獄寺君が、赤かった顔をさらに赤くして、立ち上がった。
「え? いや、好きなのは俺で、え?」
「私、獄寺君が好きなの」
「いや、今の流れは、俺がソラさんを好きって話で……えええええ!?」
獄寺君は両手で抱え込むように頭を押さえ叫ぶ。ちらりと見える耳が真っ赤だ。そして私は自分でもビックリする程、冷静にそれを眺めていた。
「そんな、だって、ソラさん、そんな態度一度もっ」
「獄寺君こそ全然普通だったじゃない」
「俺はいつも死にそうでした!」
「私もだよ」
獄寺君は、腕で顔を隠して私に背を向ける。
「そんな、まさか、き、気づきませんでした。ソラさん、演技派すぎます……!」
「それは獄寺君もだよ。私に興味ないと思ってたもん」
「俺も意外と演技派だったんすね」
「うん。ねえ獄寺君」
「はい」
「こっち向いて」
「むっ、無理です、今は無理です。俺、顔、ヤバいんで」
「私もだよ」
「え」
ゆっくりとこちらを向いた獄寺君は、首元まで真っ赤に染まっていた。
「ソラさん、顔、赤いですよ」
「獄寺君もね」
「……あの、先に、言われてしまいましたが。俺、ソラさんの事が好きです」
「ありがとう」
「大好きです」
「私もだよ」
言えば、ちょっと嬉しそうに、にやけて。獄寺君は向かい側の席に戻りテーブルに突っ伏した。
どうやら私達は両思いだったらしい。じたばたともがいている獄寺君を見ながら、私はコーラを一口飲んだ。
それからは勉強どころではなく、落ち着いた所で、私達はファミレスを出た。
「はあ……」
「……」
「はああ……」
「どうしたの?獄寺君」
二人並んで帰路を歩いている中、獄寺君はずっと溜め息をついている。
「いえ、あの、嬉しいのと」
「と?」
「十代目に申し訳なくて……」
「なんでそうなるの」
「十代目のお姉様に、分不相応に恋しただけじゃなく、思いを伝えてしまったんですよ!」
「でも両思いだから良いじゃない」
「よ、良くないです。俺からしたらソラさんは手の届くような人じゃないんですよっ! 身分違いです! 昔なら打ち首物です!」
「届くよ」
全く意味不明で不可解な事を口走る獄寺君に、右手を差し出す。
獄寺君は間の抜けた表情でそれを見て、固まった。
「届かない?」
首を傾げて見せれば、獄寺君は意を決するように顔を引き締めた。というより強張らせた。
「しっ、失礼します!」
「どうぞ」
獄寺君が、左手で私の手を握ってくる。そのまま無言で歩き出す。
目を見開いて歩く獄寺君は喋りそうにないので、私から話を続ける事にする。
「届いたね」
「……は、はい。てかソラさん、何でそんなに普通なんすか……俺、さっきから落ち着かないっていうか、もう、ダメなんですけど」
「普通じゃないよ」
「まさか」
「普通じゃないから出来るんだよ」
「そんな」
「普段なら無理だもん。絶対あとで死ぬ程恥ずかしくなる」
「し、死なないでくださいね」
「うん。勿体ないから死ねないね」
私の言葉に、獄寺君はふにゃっと表情を緩ませた。今までこんな獄寺君を見たことがない。私は後で本当に死ぬかもしれない。
口から出る言葉や、態度、それに頭も冴えわたる程冷静だけど、さっきから足元がふわふわするのだ。手を放されたら空に飛んでいってしまうかもしれないと思うくらいに。
私、普通じゃない。間違いなくうかれてる。ただ、獄寺君が慌てまくるから冷静になれるだけだ。
彼がいなかったら、直ぐにでも叫び回って走り出してしまうと思う。ほら、やっぱりそんなの、普通じゃない。
「……十代目にご挨拶しないと」
「なんでツナ」
「も、勿論お母様とお父様にもですよ!?」
「え、あ、うん。ちょっと気が早い気もするけど、獄寺君がそうしたいならどうぞ」
「……すみません。俺うかれてますね」
「私もうかれてるから気にしないで。うん、じゃあ私も挨拶しようかな」
「え、良いっすよ、ソラさんは」
「でもビアンキさんとシャマルさんに挨拶しとかないと……」
「なんでそこでシャマルの名前が出てくるんすか!?」
「シャマルさんに相談してたから」
「あっ、あっあああんなセクハラ野郎と二人で会わないでください! 危険すぎます!!」
「まあ、もう相談する必要ないし」
「へへへ」
「……」
「すいません。俺、気持ち悪いっすね」
「そんな事無いけど」
「てか、すいません……ぶっちゃけ俺も、悔しい話、シャマルに相談してました」
「ちょ」
「……」
「シャマルさん分かってて聞いてたの……恥ずかしすぎる……!」
「すいません……」
「獄寺君が謝る事じゃないよ」
「え、あ、じゃあシャマルをしめます」
「意味が分かりません」
「すいません……」
「獄寺君は可愛いなあ」
「ええええ!?」
「そんな所も好きなんだけどね」
「……っ」
「あー、また口が滑った」
「……う」
「獄寺君?」
「……俺もう、一生ソラさんに敵う気がしません……」
後日。
私達以外の皆は、私の気持ちも、獄寺君の気持ちにも、とっくに気付いていたという事が判明した。
当人以外には筒抜けだった事が分かり、私は死ぬほど恥ずかしくなり、獄寺君に至っては一人一人に怒鳴り散らす始末だった。
めでたし。
(2011.07.03)
(余裕が無さすぎてお互いの気持ちに気付いてなかった二人。獄寺氏はずっと気持ちを隠してたくせにシャマルにそそのかされて行動に出てしまったのでしょう。そして、一番の被害者は間違いなくツナ。こんな二人に挟まれてたら超気まずい)