「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「そう」
「美味かったぞ」
「それは良かった」
あからさまな扱いの差に、思わず笑いがこみあげてくる。よく分からないけれど、雲雀君はリボーン君を相当気に入ってるらしい。
「何笑ってるの。咬み殺すよ」
「ご、ごめんなさい」
睨まれたので、即座に謝ると、リボーン君が笑った。笑うな。
「そろそろ帰るか」
「もう帰るの?」
「ああ」
「そう」
何処となくつまらなそうに、雲雀君が声を漏らした。
ふすまを開けて、庭が見える廊下へと移動する。
――刹那。
「うわああああああああ!!」
「ええ?」
突然の悲鳴。同時に、何かが叩きつけられるような大きな音が耳に届いて来た。
ばたばたと多くの足音が響き渡り、尋常じゃない様子が感じ取れる。
私がおろおろとしていると、雲雀君が不快そうに目を細めた。
「また来た」
「えええ?」
そうこうしている内に、うわーとか、ぎゃーとか言う悲鳴と共に、一つの大きな足音が庭から向かって来る。な、何!? 何が起きてるって言うの!? やっぱり雲雀君の家は危ないヤク
「雲雀ぃいいい!! 殴りこみに来たぞ! 勝負しろ!」
「って、ええええええええ!? 了平君!?」
私達の下に現れたのは、見知った姿。っていうか、私が思い焦がれている相手、笹川了平君だった。
その後ろからは焦ったような顔で追いかけてくる草壁君の姿。
「委員長! すみません! 止めたのですが」
「なのにまた、ここまで入ってくるのを許したって訳?」
「す、すみません」
不機嫌そうに雲雀君がに睨みを利かせ、草壁君が肩をすくませる。雲雀君と草壁君の話からして、どうやら了平君がここに来るのは今日が初めてではないらしい。
「雲雀! さあ! 勝負しろ! ……って、何でソラがここにいるのだ!?」
途端に、皆の視線がこちらに集中した。
「いや、何て言うか、ちょっと話があって。っていうか、そもそも何で了平君ここに」
「沢田ソラ、これと知り合いな訳?」
「え、うん。了平君とは友達です」
「おお、分かったぞ! ソラと雲雀は友達だったのだな!」
「違うよ。ふざけないでくれる」
「だったら何だと言うのだ? 訳が分からんぞ!」
「いい加減にしてくれない? 咬み殺すよ」
「おう! 望むところだ!」
皆が思い思いに喋り出して、頭が混乱してきた所で、雲雀君がトンファーを構えた。それを見て、楽しそうに了平君も拳を構える。
「ま、待って待って! 何してるの!」
「追い出す所なんだから邪魔しないでよ、沢田ソラ」
「だって、喧嘩するんでしょ? やめてよ!」
「喧嘩ではないぞ、ソラ! これは男同士の拳のぶつかり合いだ!」
「それ喧嘩じゃん!」
「良いじゃねえか。折角だから見ていくぞ、ソラ」
「リボーン君まで何言ってるの!?」
そうこうしている内に、穏やかではない空気が場を包んでくる。い、嫌だ。折角平和に帰れそうだった所で、こんなハプニングが待っているなんて。今後の為にも、今日はなんとしてでも穏便に済ませたいというのに。本日の閉めが了平君と雲雀君の争いとか、恐ろしい。結果がどちらに転んでも私にとっては後が怖い事ばかりだ。
この状況に困っているのは私だけではないらしい。了平君の後ろで草壁君が、重苦しい溜息をつくのが目に入った。
「さあ! 行くぞ、雲雀!」
「返り討ちにしてやるよ」
「わああああああ! ダメ! ストップ! やめてってば!」
咄嗟に二人の間に割って入る。振り上げた手を止めて、固まる二人。
と、止まってくれて良かった。このまま二人に殴られたら、死んでしまう。そうでなくても、病院送りは確実だろう。
「邪魔だよ、沢田ソラ」
「ご、ごめんなさい」
「ソラ、危ないから下がっていろ」
「あ、危ない事するなら下がりません。ねえ。了平君、喧嘩なんてしないで一緒に帰ろうよ」
「け、喧嘩ではないぞ!」
「今から二人がする事が喧嘩じゃなくて、約束してたっていうなら止めないけど……」
「や、くそくはしておらんな」
むう、と了平君が唸る。どうやら、もうひと押しのようだ。
「行き成り押しかけて、暴れるのは良くないよ」
「う」
「草壁君も困ってるよ」
私の言葉に了平君がくるりと体を後ろに回す。口を開いて立っていた草壁君が、慌てたように頷いた。
「……私も丁度帰るところだったから、一緒に帰ろう了平君」
そう言うと、了平君はこちらに体の向きを戻して、こくりと頷いた。良かった。素直に聞き入れてくれたようだ。
とは言え、その表情を見ていると素直には喜べない。了平君のばつの悪そうな顔が視線に入るので、ちょっと胸が痛む。鬱陶しい女と思われてはいないだろうか、不安になってしまうが、仕方が無い。状況が状況だ。草壁君も困っているようだし、見過ごす訳にもいかないだろう。
「そうだな。ソラの言う通りだ。何度も来ているとはいえ、流石に無礼だった」
「な、んども、来てるの」
「おう!」
元気に答える了平君に、思わず苦笑いが漏れてしまう。恐ろしい。流石、了平君。ここに何度も乗り込むなんて、怖い物知らずだ。私なんて、玄関に上がっただけでがちがちになっていると言うのに。
そう言えば、一年の頃。校内新聞で雲雀君がボクシング部に一日だけ入部したとか、そんな記事が書かれていたような気がする。二人の付き合いは、案外長いのかもしれない。
「へえ」
突然の雲雀君の声に、振り返ると彼は笑っていた。
その意図が分からず、瞬きをして見ていると、彼はリボーン君に視線を流す。
「面白いね」
足元で立っていたリボーン君も、にっと笑った。
風紀委員を攻略せよ
リボーン君を胸に抱え、了平君と並んで歩く。
怒っていないかと心配したが、彼は普段通りだった。
「邪魔してごめんね」 と謝れば、不思議そうに
「何故謝る」
と返して来たから安心した。その後
「あ! ちなみにさっきのは、喧嘩じゃない! 喧嘩じゃないからな!」
しきりにそう繰り返すので、どう考えても喧嘩しに入ったのだろうと思ってはいたけれど、分かった、とだけ言っておいた。
(2011.07.03)