「お前、沢田か?」
「草壁君」
中から出て来たのは、同級生の草壁君だった。休みの日だと言うのに、学ランで身を包んでいる。彼は風紀委員であり、雲雀君の方腕ともいえる様なポジションにいる人だ。見た目は明らかに不良! という井手達ではあるのだけど、案外真面目で優しい人であり、彼とは私も何度か話をした事がある。結構親切な人で、困っていると世話を焼いてくれるのだ。
そんな彼は今、私を不審な眼つきで睨んでいる訳だけど。
「お前が委員長に何の用だ」
「いや、私も用は無いから出来れば入りたくないんだけど」
遮るように立ちはだかる草壁君から、ちらりとリボーン君に視線を流せば、赤ん坊はふんと鼻を鳴らした。
「ふざけんな。当然お前も行くんだぞ」
「って言って聞かなくて」
助けを求めるように草壁君を見るも、彼はすっと道を開いてしまう。
「入れ」
「いやいや、止めてくれないの?」
「委員長から、その赤ん坊の言う事は必ず聞けと仰せつかっている」
「は?」
予想外の返答に口を開いて彼を見ていると、草壁君は背を向けて歩き始めてしまう。
「さっさと着いていかないと迷子になるぞ」
ぺちぺちとリボーン君に腕を叩かれて、慌てて私は足を進めた。
「ねえ、リボーン君は雲雀君と、どういう関係なの?」
あの、雲雀恭弥に「言う事は必ず聞け」と言わせるなんて。想像がつかない。当然疑問に思った訳で、素直にそれをリボーン君にぶつける。しかし彼は私の問いには答えず、ただ口の端をにっと持ち上げるだけだった。
門から入っても直ぐに玄関は見当たらず、草壁君の案内するままに、舗装された道を進んでいく。周りは緑に囲まれており、純日本風の庭が続いていた。私は普段こういった物に感銘を受ける性格ではないのだけれど、素直に周りの景色に見惚れてしまう。充分に手入れをされているらしい庭は、素人目から見ても分かるくらいに美しかった。
そんな物に囲まれているのだから、こちらはたまったものではない。どんどんと緊張して、体が強張っていく。
私、間違いなく、まずい場所に入って来てしまっているような気がする。
「ここだ」
周りに目を奪われながら歩いていたら、草壁君の足が止まった。前を見てみれば、大きな和風の御屋敷の前に立っている。立派な佇まいの屋敷に、私は緊張を通り越して恐怖した。
草壁君が引き戸を開けて、私に入るように促した。言われるがままに、敷居をまたぐ。靴を脱ぐ足が、震える。リボーン君はそれを見ながらにやにやとしていた。
まずい、やばい、怖い。私どうなっちゃうの。
「こっちだ」
私が靴を脱いだのを確認すると、草壁君は再び歩き出す。私はリボーン君を抱えて、後に続く。何だか、足に感覚がない。恐ろしい。今すぐ逃げ出したい。
「委員長、リボーンさんがいらっしゃいました」
「良いよ、入って」
返事が戻ってくると、草壁君はふすまを開けた。
畳の敷かれた、大きく広い、和風の部屋。壁に掛けられた掛け軸には、並盛と綺麗な字で書かれていて、ここは間違いなく雲雀恭弥の家なのだと実感した。
部屋の真ん中には雲雀君が立っていた。着物姿――という訳ではなく、黒いシャツとジーンズというラフなスタイルでいる。いつも制服姿の彼しか見かけないので、少し面食らってしまった。
「よく来たね、赤ん坊」
「ちゃおっす。良い部屋だな」
「君にそう言って貰えると嬉しいよ」
雲雀君から、柔らかい笑みがリボーン君に向けられる。そんな物を見てしまったのだから、さらに私は驚くしかない。
「で、それ何」
流れるように雲雀君の視線が私に向けられて、肩が震える。
来た。とうとう恐れていた自体が来てしまった。この際「それ」呼ばわりは気にしない。出来る事ならば無傷で帰りたい。
がくがくと震えそうになるのを必死に抑えながら、私は視線をリボーン君に向ける。
「俺の娘みたいなもんだ」
「はあ!?」
リボーン君の言葉に、雲雀君が反応する前に私が声を上げてしまう。
だって! 娘って!
しかし、雲雀君はその言葉を気に入ったらしい。楽しそうに「ワオ」と声を上げた。
「面白いね。赤ん坊の君に娘?」
「おう。可愛がってやってくれ」
「何言ってんの、リボーン君!」
非難の声を上げるも、それは無視されてしまう。
「こいつ、今起きたばっかりで飯食ってねえんだ」
「もう正午だよ」
「だらしねえよな。何か食うもんないか」
「ななななな、何言ってるの!?」
何という事だろう。恐ろしい提案を、さも当然のようにしてくれる。トンファーを盗み出し、それを返しに来たって言うのに、飯を食わせろ? 非常識にも程がある。私は無事に帰還したいっていうのに、どうしてこんな真似をするんだろうか。雲雀君が怒って咬み殺されてもしたら、どうしてくれるのだろう。
「まあ、丁度良いや。お昼だしね。草壁。用意して」
「へ?」
私の心配をよそに、あっさりと受け入れる雲雀君。
「赤ん坊は何が食べたい?」
「ソラ。何か食いたい物あんのか」
「ええ!?」
雲雀君はリボーン君へと問いかけたのに、リボーン君は私に話を振ってくる。当然、雲雀君の眉が怪訝そうに、ひそめられた。視界にそれが入ってしまった私は、完全に委縮してしまいリボーン君をぎゅっと抱きしめる。
「な、何でも良い。何でも良いよ! っていうか、お構いなく!」
「雲雀の家じゃ飯は食えないってか」
「へえ」
「違います! 食べます! 何を出されても完食致します!」
私が叫ぶと、雲雀君は草壁君に指示し始める。最早その言葉も耳に入って来ない。
怖い。怖いよう。どうなっちゃうの、私。
「座れば?」
がくがくと震えていると、雲雀君に言われ、私は恐る恐る座布団の上に座る。リボーン君は膝の上に座り、私のお腹へ背を預けてくる。いい気なもんだ。