「ソラ、仕事だぞ」
「え、あ。はあ?」
日曜日。
眠りの真っただ中にいた私は、突如リボーン君に叩き起こされた。覚醒しきっていない私の頭は、先程のリボーン君の言葉を上手く理解出来ない。
そんな事はお構いなしに、リボーン君は寝転がっている私のお腹の上で飛び跳ねた。
「とっとと着替えろ。あんまり待たすと殺されるぞ」
「うん、分かった……ってええええ!?」
思いもよらない言葉で、一気に目が覚めた。
――あんまり待たすと殺されるぞ。
なんという物騒な言葉だろうか。待たす? 誰を? 殺される? 誰が?
「ほら、とっとと着替えろ」
「ちょっと待ってリボーン君。何の話か私分からないんだけど」
「着替えたら説明する」
それだけ言って、リボーン君は部屋から出て行ってしまう。残された私は、状況をまるで理解出来ていなかった。とりあえず殺されては困るので、すぐに出掛けられるよう身支度を整える事にする。
リボーン君が来てからという物、私の順応性はかなり鍛えられてきた。
着替え終わって部屋の外に出れば、リボーン君が飛んでくるのでそれを両手で受け止めて抱っこする。リビングへ向かおうとすると、リボーン君に腕を叩かれ、玄関の方へ指を差された。どうやらこのまま外へ行けと言うらしい。
「さあ。行くぞ」
「だから何処に」
「これを返しにだ」
仕方なしに靴を履きながら尋ねる。するとリボーン君が、どこに持っていたのか、棒のような物を出した。まじまじと眺めてみる。
「何これ、一本しかないけど、トンファー?」
「ああ。雲雀恭弥のな」
「はぁああああ!?」
至極当然のように、この赤ん坊は理解しがたい事を言う。それは完全に私の許容範囲を超えていた為、大声をあげれば、リボーン君は腕を引っ叩いて来た。
「うるせえ。とにかく今すぐ返さないとツナが殺されるんだぞ」
「ツ、ツナが盗んできたの? ありえない」
「ツナじゃねえぞ。俺が持って来たんだが、雲雀にはツナが盗ったって言っただけだぞ」
「なんで持って来たの!?」
「つい出来心で」
「ついつい持って来れるもんじゃないですよね」
まるで友達のペンを勝手に借りてしまったかのように、簡単にリボーン君は言う。彼の意図を確認するように、私は小さな体を持ち上げて視線を合わせた。彼の表情はと言えば、やたら明るく、しかも罰が悪そうにちょっと舌を出して笑ってなんかいたりして。それが妙に可愛らしいので、余計に腹が立った。
「雲雀には、俺が直々に出向いて返すと伝えた。あいつが待ってる間に早く返しに行かねえとツナが殺されるぞ」
「いやいやいや、おかしいよね。リボーン君が持って来たのに、ツナのせいにして、私も一緒に返しに行くとかおかしいよね」
「だって俺、赤ん坊だから一人で行けないんだもん」
「なんで今更子供らしく振る舞うのかな」
理不尽過ぎるにも程がある。可愛く言うリボーン君に文句を言えば、彼はぺちぺちと私の腕を軽く叩いた。
「ほら、さっさと歩け。ツナの命が掛かってるんだからな」
「うう……どうしてこんな事に……っていうか、何でツナの名前を語るの」
外へ出てリボーン君の指示に従い歩き出す。
私の問いに、彼はさも当然と言った素振りで答えた。
「お前はこうでもしないと動かないからな」
「はあ?」
「お前は仮にも次期マフィアのボスの姉だぞ」
「え、うん。何の話?」
リボーン君の顔から表情が消える。
「いつ、どんな時に狙われるかも分からねえんだ。戦闘能力のないお前に、雲雀恭弥のネットワークは必要不可欠になるだろう」
「えっと……意味がよく分からないんだけど」
「今はそれでいい。その内分かる時が来る」
含みのある物言いに、私は眉をひそめる。
「それに雲雀は何としてでもファミリーに入れたいからな。お前が気に入られれば、それも楽に叶うだろ」
「いやいやいや。何を言ってるの、リボーン君。気に入られるとか、むちゃくちゃな。大体、雲雀恭弥って、あの雲雀恭弥でしょ?」
「並盛中学の風紀委員長であり、最強の不良でもある雲雀恭弥だぞ」
「ぎゃあああ! やっぱり! わ、私嫌だよ。雲雀君とはろくに話した事も無いし、あの人すっごい怖いんだよ? 嫌な事があると問答無用で相手を咬み殺す事で有名なんだから!」
「知ってる」
きっぱりとリボーン君は言い切った。
「この間ツナ達も、ぼこぼこにされたぞ」
「ツナ達、雲雀君に会ったの!?」
「風紀委員で使ってる応接室を乗っ取ろうとしたら、失敗したんだ」
「何でそんな危険な真似!? ツナ達馬鹿なの!?」
「俺の差し金に決まってるだろ」
「いばらないでください!」
私が怒鳴るのとほぼ同時に、リボーン君が止まれと言うように手で制してきた。足を止めて、私は周囲を見回す。
「どうしたの?」
「着いたぞ」
「着いたって……」
周囲には家らしき家はない。変わった事と言えば、先程からずっと続いていた長い塀が途切れていて、和風の大きな門がある事くらいだ。
「まさか」
「ここが雲雀の家だ」
リボーン君の返事に、言葉を失う。雲雀君の家って、簡単に言ってくれたが、これは。
「雲雀君って名家のおぼっちゃま? っていうか、それじゃなかったら、ヤクz」
「ぽちっとな」
「きゃああああ! 勝手にチャイム押さないでよ!」
大きな門の前で佇んでいたら、リボーン君が身を乗り出して脇にあったチャイムを押してしまった。私はまだ心の準備が出来ていないと言うのに。なんでいつもこう勝手なんだろうか。
それにしても。本当に大きい。門の前からでは、家が見えない。というか、10分以上歩いていたのに、途切れることなくずっと塀は続いていた。さぞかし大きな家なのだろう。只者ではないとは思っていたけれど、まさかこんな家に住んでいるとは。
『誰だ?』
「雲雀恭弥と会う約束していた、リボーンだ」
『直ぐ開ける』
インターフォンから声が返って来たのとほぼ同時に、大きな門は開き始めた。