中学二年の春。
     昨日始業式を終え、今日は新入生の入学式が行われた。

     そんな、桜がふわふわと舞う帰り道。

     最悪な事に私は体調を崩し、歩くのもいっぱいいっぱいな状態だった。
     悪い事は重なる物で、母さんと弟のツナは入学式後の説明会に出ている為、迎えを頼むことも出来ない。
     学校を出る前はそこまで辛くなかったのに、学校から離れれば離れる程に具合が悪化しているような気がする。
     あまりにもふらふらしていた為か、すれ違う人に声をかけられたりもしたのだけれど、見知らぬ人に肩を借りたり、ましてや救急車を呼んでもらう訳にもいかないので、手助けするという申し出は丁重にお断りした。 家まではあと十分程度で着くのだ。わざわざ肩を借りるのも申し訳ないし、救急車を呼ばれても逆に困る。
     せめて学校にいる時に具合が悪くなってくれれば、保健室によれたものを。自分の間の悪さには呆れてしまう。


    「君、大丈夫?」

     歩くのが辛くなって来たので塀に手をついて立ち止まっていたら、傍に車が止まった。ウインドウから中年の男が顔を出し私を見ている。

    「大丈夫です。ありがとうございます」

     努めて笑顔を作りそう答えると、私は再び歩き始める。しかし車は走り去るどころか、私と並行して動き始めた。
     なんだろう。少しばかり不安を感じるものの、このまま歩いていれば立ち去るだろうと思ってそのまま足を進める事にする。

    「家どこ? 送ってこうか」
    「すぐそこだから大丈夫です」
    「でも顔色悪いよ? ちょっとでも良いから乗っていきなよ」
    「いえ、大丈夫ですので……」
    「いやいや、大丈夫じゃないっしょ」

     いい加減しつこい。断っているというのに男は薄ら笑いを浮かべながらついてくる。正直、気持ちが悪かった。
     もしかしたら善意で言っているのかも知れないけど、やっぱり女としては知らない男の車に乗るのには抵抗がある。それがどんなに印象の良い男だろうと、赤の他人の車になんぞて、そう簡単に乗る気になれるものじゃない。

    「ねえ、顔色も悪いしやっぱり乗って」
    「必要ない!」

     断ろうと口を開く前に、誰かが間に入ってきた。
     私と車の間に立っていたのは、学校でも有名な、去年同じクラスだった同級生。

    「笹川君……!」
    「あれ? 君、この子の知り合い?」
    「同級生だ」

     笹川君は私に背を向け車の方を向いている為、こちらからでは表情は分からない。けれど、こんな状況だ。笹川君の逞しい背中を見ているだけで、一気に安心してしまう。

    「そっか、じゃあ家まで送ってあげてね。その子、今にも倒れちゃいそうだから」
    「無論そのつもりだ!」

     笹川君がはっきりと告げると車はすーっと走り去ってしまった。さっきのしつこさは一体なんだったっていうんだろう。
     ともあれ、良かった。安堵の息を漏らすと、笹川君が勢い良く振り返って来る。

    「大丈夫か、沢田。極限に顔が青いぞ!」
    「体調が悪くて……あの、助けてくれてありがとう」
    「む?」
    「さっきの人、しつこいから困ってたの」

     お礼を言えば訳が分からない、といったような表情を浮かべる笹川君。どうやら、状況をよく分からずに割って入ってきたみたいだ。彼らしいといえば彼らしい。
     それでも、こっちとしては笹川君が通りかかってくれたお陰で、見知らぬ男の車に引きずり込まれなくてすんだのだ。感謝してもしたりない。

    「って、笹川君?」

     再度お礼を言おうとした所で、笹川君は私の前に背を向けてしゃがみ始める。意味が分からず困っていると、彼は後ろに両手を伸ばし

    「乗れ、辛いのだろう。家まで送っていってやる」
    「乗れって……」

     つまり、ええと。 おんぶしてくれるって事なんだろうか。
     ……って、えええ?

    「ままま、待って! そんな! 大丈夫だから!」
    「何を言っている! そんなにふらついていて大丈夫な訳がないだろう!」
    「いや、でも、重いし!」
    「俺が沢田一人を抱えるのにダウンする程やわに見えるのか!」
    「あ、いや、そういう訳じゃ……」
    「ならば極限に問題ないな!」

     何やら満足げな笹川君の声。そして早くしろと言わんばかりに彼は両手をぶらぶらと揺らした。
     いや、でも、流石にそれは恥ずかしいというか。おんぶなんてお父さんにしかしてもらった事もないし。大体最後にしてもらったのは、いつだったかも覚えてないくらいだというのに。
     私は少し迷ったものの、笹川君は折れそうもないし、この状態のままの方が恥ずかしかったので「失礼します」と一言添えて彼の背中に乗っかる事にした。

    「で、沢田! お前の家はどこだ!」
    「……」


     私を背負ったまま無言で歩く笹川君。たまに道を教えるために私が口を開く程度で、会話らしい会話は特にない。当たり前だ。私達は去年同じクラスだっただけで、友達といえる程親しくもない、ただの元クラスメイトなだけなのだから。
     そもそも周りが見えていない笹川君が、私を認識してくれていた事のからして驚きだ。私たちはそのくらいに、接点が無い。
     なのに、こうして送ってくれている笹川君。いつも突っ走って暴走しているイメージが強かったけれど、意外に親切な人なんだなあ、とクラスが離れた今になって知る。

    「沢田、辛くないか」

     悶々としていたら、突然笹川君が前を向いたまま声を掛けてきた。
     それが酷く優しい声だったので、一瞬何を言われたのかと思考がストップする。
     ええと、今のは笹川君の声、で良いんだよね。びっくりした。笹川君ってこんな優しい声を出せたんだ。

    「どうした、平気か? やはりこのまま病院に連れて行った方が」
    「あ、ううん、平気」

     私が黙っていたのを体調のせいと捉えたのか、笹川君が心配そうな声を出した。慌てて私は、出来る限り明るい声で返事をする。

    「笹川君、ありがとう」
    「うむ」

     ああ、なんだろう。
     私の知ってる笹川君は、元気で、元気すぎて逆にうるさいくらいで。人の話を聞かないで突っ走りまくりな、猪突猛進熱血ボクシング野郎で。
     こんな優しく落ち着いた様子で人を気遣う姿なんて、イメージからかけ離れている訳で。今私をおぶさっている人は誰なんだろうと疑ってしまうくらい、この状況が信じられない。

     彼は本当に笹川君なんだろうか。
     だとしたら、こんな笹川君、私は知らない。

     一年一緒のクラスにいたといのに、知らなかった。

     でも今日知ってしまった。

     途端に、心臓の動きが激しくなる。気のせいか、少し息苦しい。なんだかむずむずする。
     なんなんだ、私。どうしたの、急に。 今更おんぶされているのが恥ずかしくなってしまったんだろうか。落ち着かない。意味が分からない。もしかして、体調が悪化して来ているのかな。

     突然の異常に頭が軽くパニック状態になる。原因を考えれば考えるほど心臓の音が大きくなり、速まっていく。どうしよう。このままじゃ、この音が笹川君にも聞こえてしまうような気がして、酷く恥ずかしくなってくる。

    「さっ、笹川君!」
    「うん?」

     心臓の音をごまかすように口を開くも、言葉が後に続かない。とにかく何か話を続けなければ。

    「あ、いや、えっと……その……今年はクラス離れちゃったね」
    「ああ、極限に残念だな」

     何気なく放った一言だったのに、返答を聞いた瞬間私の心臓は落ち着くどころか暴れ出してしまった。
     残念だなんて。深い意味はないのだろうけど、なんでこのタイミングでそんな事いうの。

     顔が熱い。
     笹川君におんぶしてもらっていて良かった。
     私、今、絶対酷い顔してる。

     クラス表を見たときは、煩い奴がいなくなったなんて思ったけど、今は残念でならない。
     どうしてクラスが変わった途端に笹川君の素敵な一面に触れてしまったのだろうか。
     本当に自分の間の悪さには呆れてしまう。


    桜舞う中で


     貴方の優しさに触れる。
     彼の背中は私を抱えているのにも関わらず、安定した歩調でいてすごく居心地が良かった。
    (2011.05.02)

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