「って、沢田!何故泣くっ!?」
「ごっ、ごめんなざいぃ……うっ、うれ、嬉しくて」
目頭が熱くなり、私の目からは堰を切ったように涙があふれ出してくる。当然笹川君は再びおろおろと慌て始めた。
ごめんなさい、ごめんなさい。でも、嬉しい。嬉しすぎて、止まらないのだ。
「沢田、泣くな!な、泣くんじゃない!ど、どうすれば良い!?どうしたら泣きやむ?」
困ったような笹川君の声が振ってくる。こんなに慌てる笹川君も珍しい。そう思うと余計に嬉しさがこみ上げてくる。困っている笹川君を見て喜ぶとか、本当に私はダメな奴だ。
「りょ、了平君って呼んでも良いですか」
「は?」
「出来れば、私の事も名前で呼んで欲しい……です」
真っ直ぐに笹川君の目を見て告げる。
心臓がばくばく音を立てていた。どくんどくんと体が脈打つ。太鼓を叩いている傍にいるみたいに、体中がリズムを刻んでいる。顔も信じられないぐらいに熱い。緊張のせいか涙も止まらない。
でも良い、止まらなければそのままで良い。言いたい事を押しこむよりはよっぽど良い。
「私、笹川君と仲良くなりたい」
「……」
「胸を張って笹川君の………………友達だって言えるようになりたいし、友達だって言ってもらえるようになりたい」
笹川君は、狐につままれたような、そんな表情で私を見ている。
どうしよう。不安だ。
不安で仕方ないけど、胸につっかえていた物は取れたような気がする。やっぱり言いたい事は言うに限るのだ。
「本当にそれで泣きやむのか?」
「え」
「俺はもうとっくにソラと友達のつもりだったぞ」
びっくりして涙が止まる。
私は笹川君の口からさらりと出た言葉全部に驚いていた。宙に浮きそうな気持で、笹川君の顔を見ていると、何だか笑ってしまいそうになる。
「ありがとう、了平君」
夕焼けに照らされただけにしては、妙に赤い顔が目の前にあった。
***
「ツナ!」
「ソラ姉」
「良かったぁあ!無事だったんだね!」
無事、帰宅してきたツナに飛びつくように抱きつけば、苦しいよと、嫌そうな顔をして引き剥がされる。私を押しのけるその手を掴み、手のひらを確認すればドクロマークは消えていた。
「シャマルさん、治してくれたんだね」
「うん」
「そっか」
お願い、ちゃんと聞いてくれていたらしい。という事は、私はその対価を支払わなければならないのだろう。
「目の前で恥かいたら、同情されて、お情けで生きながらえたよ」
「え?」
ヤケクソ気味に吐き捨てるツナに眉をひそめる。おかまいなしに、ツナは続ける。
「京子ちゃんと話すまで、女子と話した事がなかったのを知って哀れんで助けてくれたんだよ」
「流石ダメツナだよな。ダメである事で命が救われるんだからお笑いものだ」
「うるさいよ!リボーン!!」
えっと。うん?
あれ?
***
三日後。
その後は至って普通の日常が続いた。それは勿論リボーン君が来た後という意味の日常であって、平穏であり、一般的にはあまり平穏ではない。
一時は不治の病で死んでしまうかと焦っていたツナも、すっかり元通りで数日前には死にかけてたなんて匂わせもしない。治らないなら不治の病じゃないじゃん、とツナに言ったら「正確には治した訳じゃなくて、ドクロ病と対になる病気を植えつけられて、その対照的な症状が相殺し合い助かった」との事らしい。
まあ、つまるところ。シャマルさんもただの医者ではなく、666種類の不治の病原菌を持つ蚊を操り敵を病死させる、トライデント・シャマルという殺し屋だったのだ。リボーン君の知り合いというのも頷ける。
「やあ、相変わらず可愛いねえ」
私の部屋のベッドで寛いでいる男は笑顔でそう言った。「どうも」と挨拶をして中に入り、私はドアを閉じる。そのまま鞄を机の上に置き、振り返ると何とも拍子抜けした男の顔が目に映った。
「どうしたんです、シャマルさん」
「いやあ、てっきり、きゃあなんで部屋にいるんですかあっとか、騒ぐかと思ったんだけど」
「確かに驚きはしましたけど。でも、いつかは来るんじゃないかなあとは思っていたので」
「ふぅん」
寝転がっていた体を置きあがらせて、シャマルさんは口の端を上げる。
「ツナを助けてくださってありがとうございました」
頭を下げると、シャマルさんは仰ぐように手をひらひらとふった。
「いや、あれはソラちゃん関係なくても、助けたと思うからお礼言われてもな」
「だったら余計にです。ありがとうございます」
「だって、哀れすぎんだもん、あの坊主」
シャマルさんが半笑いを浮かべる。まあ、否定はしないけど。
「で、謝礼の方を頂こうと思いまして」
「何だ、善意で助けてくれたのかと思えば結局取るんですね……」
「まあね、貰えるもんは貰った方が良いと思わない?」
したたかな男だ。
「今日はソラちゃん、逃げないんだね」
「……約束を守って頂いたので、私も誠意を示すまでです」
「そりゃ結構」
シャマルさんがベッドから降りる。
キスは嫌だけど、この男は嫌じゃないので我慢する。キスは嫌だけど。本当に嫌だけど。でも、恩をあだで返す訳にはいかないし、約束は約束だ。ツナの命と引き換えならば、ファーストキスなんて安いものだ。
考え込んでいる内にシャマルさんの顔が近づいてきたので、私は目を閉じる。
室内にリップ音が響いた。
***
「ソラ姉、どうしたの、変な顔して」
額を押さえてぼんやりとしていると、ツナが不思議そうにそれを覗きこんできた。
「いや、あの。人って本当分からない生き物だなぁと思いまして」
「なにそれ」
「シャマルさんって良い人だよねぇ」
「はあ?!」
目を丸くしているツナはさておいて、私はシャマルさんに口付けられた額をさすった。ササガワ君と上手くいくと良いね、とにやけてベランダから出て行った彼は、本人曰く女の子の味方である事に間違いはなかった。
結局のところ、私のファーストキスは守られたのだ。
スタートライン
了平君の隣に立っていても恥ずかしくないぐらいに成長したら、今度は好きだと告げよう。だから今は、友達として傍にいさせてね。
(2011.06.05)