「ソラちゃあああん!」
「こっ、来ないでくださぁああい!」
「照れちゃって、可愛いなぁ、もう」
「違います!」
後ろから迫ってくる声に、怒鳴り返す。さっきからずっとこの調子だ。
公園から抜け出し、逃げ続けるも、シャマルさんはずーっと後ろに着いてくる。ツナが危ないという状況で、それを打破出来る人物を私がツナから引き剥がしてどうするのだ。
しかもさっきまでは、ツナや獄寺君がシャマルを呼びとめる声が聞こえていたのに、いつの間にかその声も聞こえなくなっている。つまりは完全に二人とはぐれてしまった訳で。
「お願いします!シャマルさん!こんな事していないでツナを助けてください!」
「だから、キスしたら助けるって」
「えっと、その、キスはなしの方向で!」
「無理無理、男に二言はないから」
「言葉の使い方間違ってます!」
言い終わると同時に、後ろから抱きすくめられる。
「つーかまえた」
「ひぃいいい!」
「さて、観念しておじさんとちゅーだ」
「ま、待ってください!キス一つでなんでここまでするんですか、貴方ちょっと変ですよ!」
「いや、だって、絶対にキスしてくださいなんて言われちゃったら、ねえ?」
「言ってません!」
くるりと、体が回転させられる。右手を取られ、腰に手を回された。私とシャマルさんはまるでダンスでもしているような体勢になる。流れる様なその動きが、シャマルさんがこういった状況に手慣れているのを匂わせる。
「大丈夫、俺、女の子との約束は絶対守るから」
「……ほっ、本当ですか!?」
「うん、おじさんはいつでも女の子の味方だからね」
「分かりました……じっ、時間がないので、早くお願いします」
もう、四の五の言ってはいられない。ツナが死んだらおしまいなのだ。もう我がままばかり、言ってはいられない。そもそも自分で言いだした事だ。
観念して私は目を閉じる。
「沢田ぁあああ!!」
「へっ?」
意を決したのも束の間。
大声と共に、目の前で鈍い音がした。慌てて瞼を開けば左に吹っ飛んでいく、シャマルさんの姿が目に映った。「沢田、平気か!」
「えっ?えっ?ええ?」
シャマルさんと入れ替わるように、私の目の前に来たのは笹川君だった。
「どっ、どうして笹川君がここに!?」
「ランニングをしていたら悲鳴を上げながら逃げるお前を見かけたのだ!安心しろ!痴漢は極限に成敗したぞ!」
痴漢。なるほど。確かにそう勘違いするのも無理はない。
ちらりとシャマルさんを盗み見すれば彼は、大の字になって道路に倒れている。ど、どうしよう――!
「さて」
おもむろに笹川君がシャマルさんの両足を掴みだした。
「な、何してるの、笹川君!」
「無論、警察へ連れて行くのだ!」
これが本当に痴漢だったならば、素晴らしい考えではあるのだが、生憎シャマルさんは痴漢どころか、ツナを救えるたった一人の医者だったりする。今警察に連れていかれてはツナが死んでしまうから絶対にそれは駄目だ。
「良い!良いから!ほ、放っておこう?お、お願い!」
「いや、しかし新たな被害者が出るとも限らん。放っておくわけにもいかんだろう」
「えっと、ええっと」
駄目だ、どうにかして止めなくては。もう既に絶望的に近い状況ではあるが、警察に連れていかれようものなら、ツナの死が確定してしまう。
「こっ、怖いの!!」
「へ?」
「一人で帰れない!怖くて怖くて仕方ないの!お願い、笹川君、家まで送っていって!お願いします!」
「いやっ、そのっ、しかしだなっ、沢田っ!」
なりふり構っていられなかったので、私は笹川君の腕にしがみつき必死に懇願した。
普段では考えられないような行動に出た私に驚いたのだろう。笹川君は珍しく慌てふためいている。困ったように私とシャマルさんを何度か見比べてから、眉尻を下げて、「分かった、送っていく」と了承してくれた。
「じゃ、じゃあこの人が気絶してる間に行こう?」
「ああ」
「あ、ちょっと待ってて」
私は笹川君に背を向け、シャマルさんに近づき跪く。この角度からなら、笹川君には私とシャマルさんのやり取りは見えないだろう。
「シャマルさん、ごめんなさい。本当にすみません。頑丈な貴方の事だから、きっと本当に気絶してる訳じゃないですよね。でも今はお願いだから気絶したまま聞いていてください」
シャマルさんの耳元に、小さな声で囁きかける。
「ツナを治して頂けたら、後でキスでもなんでも必ずします。私なんかのキスで治してくれるとおっしゃってくださったのに、酷い事ばかりしてしまって本当にすみません。これは前払いです」
恐る恐るシャマルさんに顔を近づけ、そのほっぺたにキスを落とした。
「どうか、ツナを宜しくお願いします」
頭を下げ、私は立ち上がった。
そのまま、祈るような気持ちでシャマルさんに背を向ける。どうか耳に届いておりますように。どうかツナを救ってくれますように。
「沢田、大丈夫か?」
「うん。行こう」
心配そうにこちらを伺っている笹川君に、軽く頷いて、私は歩き出した。