「こら!このエロオヤジ!!ソラさんに何してんだ!!」
「ごごごごご獄寺君!!」
「んだよ、邪魔すんなよなー、隼人」
寸での所で、獄寺君がシャマルさんの顔を引き剥がしてくれた。恐ろしい、危うくファーストキスを見知らぬおっさんに奪われる所だった。
「本当テメェは昔っから見境がない奴だな!状況を考えやがれ!」
「何言ってんだ、素敵なお嬢さんを見つけたらキスするのが礼儀ってもんだろ」
「どんな礼儀だ!」
さも当然のように言い切るシャマルさん。まずい、何この人。変態だ。
「さあ、十代目を治療しろ!」
「だーからやーだってー」
「お願いします、シャマルさん!」
再び先程のやりとりを始めるツナ達。しかし、会話は同じ事の繰り返しで、一向に話が進む様子が無い。日没まで、もう時間が無い。このままの状態で頼んでいてもただ時間が過ぎて行き、不毛なだけだ。
「あー、もう。男はむさくるしくて嫌だね。という訳でソラちゃん、おじさんとちゅーしない?」
「この期に及んで何言ってやがんだテメェは!」
キス。そうか。最早、これしかない。
「シャマルさん、き、キスしたらツナを治してくれますか?」
「ソラ姉!?」
「ソラさん、何言ってんすか!」
ツナ達の声は無視して、私はシャマルさんを睨む。キス一つで弟の命が助かるのなら安いものだ。
シャマルさんはにんまりと笑うと、首を上下に振った。
「するする、なんでもする。という訳で早速」
「本当ですね、嘘じゃありませんね、絶対してくれますね」
「大丈夫、絶対キスしてあげるから」
「そうじゃないです、治療です治療」
「治療ね、はいはい」
空返事が戻ってくる。顔を近づけてくるのを両手で阻止し、睨みつけた。
「はいはいじゃありません!絶対にツナを治療してください!あんた分かってます!?」
「オーケイ、分かった。男に二言は無い」
ほんとかよ。と思いつつ、じっと眼を見る。先程よりは真面目な顔で、シャマルさんはこちらを見つめ返してきた。まあ、信用、出来そうではある。
「じゃあ、早速」
「ああ、ちょ、待ってください!」
「なに?」
「でぃ、ディープなのはご遠慮頂きたいのですが」
「なんだいそれ、可愛いな、君。よしよし分かった、怖がらなくても大丈夫だから、さあさあさあ」
「駄目です!ソラさん!このアホを信じちゃいけません!こいつは変態です!大嘘つき野郎です!俺は何度も騙されました!」
「そうだよ、姉さん!そんな事しなくて良いから!頼むから考え直してくれー!」
ツナ達の言葉は無視して、私は瞼を閉じる。だって仕方ないじゃないか。あれだけツナ達が騒ぎ立てても、この人聞く耳持たないんだから。
仕方ない、仕方ない。良いの。死ねって言われてる訳じゃない。ようは皮膚と皮膚をくっつけるだけで良いのだよ。楽じゃないか。大丈夫大丈夫。
とは、思いつつ、何だか怖気づいてしまって薄眼を開けて様子を伺う。
目の前には唇を突き立てて近づいてくるシャマルさんの顔。
ちょっと待ってよ、幾らなんでももう少し下心を隠してスマートにしてください!いや、キスに下心隠すも何もないかもしれないけど。でもシャマルさん見てくれは悪くないんだから、もうちょっと、ほら、やりようがあるじゃないの。
思わず顔をそむけたくなるのをぐっと我慢する。
駄目だ、ツナの命が掛かってるんだ。諦めろ、我慢しろ、相手がキングコブラとかじゃないだけ全然ましじゃないか。
見るから決心が鈍るのだ、とぐっと目を閉じる。
ああ、でも。
やっぱり。
瞼のふちに浮かぶのは。
「やっぱり嫌あぁあああああ!笹川くぅううん!!」
叫ぶと同時に私は思い切り拳を正面に突き込んだ。拳がめり込むようにシャマルさんの顔面にクリーンヒットする。
やってしまった……!
「ごっ、ごめんなさいツナ!ツナの命が掛かってるのに私……!」
「ごめん、ソラ姉っ!でも俺やっぱりこういうやり方はよくないって思うんだ!」
「すいません、十代目っ!ソラさん!でも俺こいつの事信用出来ません!」
「「「え?」」」
三人同時に間の抜けた声を上げる。そして、皆が皆、お互いに視線を投げかけた。
私と、ツナと、獄寺君の右拳は、見事、シャマルさんの顔へとめり込んでいた。
「ちょ!何してるのよ!ツナ!」
「いやいや、姉さんこそ!っていうか、獄寺君――?!」
「そ、そそそ、そういう十代目こそ、っていうかソラさんもっ」
途端に三人とも顔を青くして慌てだす。まさか、全員が全員でシャマルさんに殴りかかるとは思ってもみなかった。
「って、そうだ、シャマルさん!だ、大丈夫ですか!」
慌てて拳を引き、シャマルさんを見る。ツナと獄寺君も手を離すと、シャマルさんはその場に崩れるように膝をついた。
「ひぃいいっ、自分でキスするとか言っておいてすみません、本当にすみません!シャマルさん、しっかりしてください!」
「おい、シャマル。どうでも良いからとっとと十代目を治せ!」
「ご、獄寺君、そんな言い方よくないよ!……シャマルさん本当にすいません。こんな事しておいてなんですけど、本当に診て欲しいんです。お願いします!」
三人が三人、一気にまくしたてると、シャマルさんは、だるそうに顔を上げた。
「いってぇええ……何すんだ、お前らは」
頑丈な人だ。言葉の割にはぴんぴんしている。
しかし状況は悪化してしまっただろう。折角話が上手い事言っていたのに、自分で台無しにしてしまったのだ。シャマルさんもさぞやご立腹の事だろう。これではツナを治すどころの話ではない。
「さ、ソラちゃん」
「え?」
優しく声を掛けてくるシャマルさんに首を傾げる。あれ?怒っていない?
「キスの続きをしましょうね」
「はいぃいい!?」
がっしりと、堅く両肩が掴まれる。再びシャマルさんが顔を近づけて来た所で、獄寺君がその顔に蹴りを入れた。シャマルさんが横に吹っ飛ぶ。容赦がない。
「ソラさん、逃げてください!こいつ本当変態なんです!」
「え、あ、あの」
「ソラちゃん!」
尚も起き上がってこちらに向き直るシャマルさん。怖い。この人ヤバイ。なんというエロ根性。私、とんでもない人を相手にしてしまっているのかもしれない。
「ご、ごめんなさいツナ!」
脱兎の如く!
ツナに一言謝り、私はその場から逃げ出した。
(2011.06.04)