「ちょっと待ってください」
「うん?」
獄寺君は顔を上げると、表情を険しくさせる。
「つまりソラさん、誰かに沢田姉なんて呼び方されてるっつー事っすよね」
「ええ、まあ」
ここまで来ると、隠しても仕方が無いので観念して肯定する。すると獄寺君は一層表情を険しくさせた。何処からともなく出したダイナマイトを手に、歩き始める。
「その不届きモンは何処のどいつっすか!俺が今すぐシメてやりますよ!!」
「だっ、駄目ぇええ!駄目!絶対駄目!」
「なんでですか!」
「じゃあ獄寺君、ツナに同じ事されてシメる訳?」
ぴたりと、獄寺君の動きが止まる。
「し、しかしソラさん……」
「ごめんね、私の説明が悪かった。別に相手に悪気はないし、沢田姉って呼んだのは、ツナと二人でいたから、区別つかなくて沢田って呼ぶ訳にはいかなかったからなの」
多分。いや、笹川君の性格を考えるとこれは間違いないだろう。けれど、確証が無いから不安なのだ。
それにこれが事実だとしたら、今後もまた沢田姉と言われる状況が出てくるのだろう。別に悪気が無いのなら全然構わない。けれど、私はツナといっしょくたにされるのは嫌なのだ。ツナが嫌いとかそういう訳じゃない。ただ、なんだ。つまり、私って結局笹川君にとって、会ったばかりのツナと同じレベルでしかないのかな、と思うとすごく悲しい。でも結局そんなの、私のワガママでしかない。
「……やっぱりそんな無礼許せません!ソラさんの事を沢田姉等と呼ぶなんて……!」
「そんな事言って、獄寺君。ツナの事沢田弟って言ったら怒るでしょ」
「当然っす!」
きっぱりと言い切る獄寺君。何でこの子はツナをこんなに崇拝しているんだろうか。
獄寺君の将来がなんとなく不安になりつつ彼を眺めていると、彼は場を取り直すように一度ごほんと咳をした。
「今までのやり取りを整理すると……ソラさんは、俺にとって十代目に相当するような人物から沢田姉等という呼び方をされて悩まれていらっしゃるんですよね」
「えっと、まあ、そんな感じです」
好きのベクトルは違うんだけどね。
それに、どちらかというと。私は沢田姉という呼び方を止めてほしいというより、もっと欲張りな事を考えているのだ。出来れば、名前で呼んで欲しい、などという。そんな欲が出て来てしまっている。
そんな私の心境を知らない獄寺君は、そのまま表情を引き締めて続けた。
「だとすると、これはかなり難問っすね。俺達の立場では相手に意見が出来ません」
「悩んでる私が言うのもなんだけど、意見しても問題ないような些細な事なんだけどね」
「十代目にそんな恐れ多い」
「そうかなあ。ビアンキ弟はやめてください!って言えば、ごめんねーで済むと思うよ」
「それ言ったら、ソラさんだって同じっすよ。沢田姉なんて呼ばないで欲しいって言えば相手も直しますよ。つーか、文句言うようなら俺がシメて大きな口叩けないようにします。って、あれ?何か俺、以前ソラさんに似たような事言われた気がするんすけど」
ぎくり。
まさにその通りなので、私は動きを止める。ちらりと目をやると、あれ?とでも言いそうな感じで獄寺君は軽く口を開けたまま固まっていた。そりゃそうだ。これじゃあまるで、獄寺君なんかどうでも良いような感じじゃないか。もちろん、私にそんなつもりは全然ない。けれど、今の流れだとそんな感じに取られても仕方ないような気がする。
「ご、ごめんね……」
居た堪れない気持ちになって、思わず口から謝罪の言葉が飛び出す。しかし獄寺君は開けていた口をさらに大きく開けてぽかんとしていた。その反応がよく分からなくて私の口も同様に開いてしまう。
「何で謝るんすか」
「、だって、嫌じゃない?」
「何がっすか?俺は嬉しいですよ!だってそれってつまり、俺には気軽に色々言えるっつー事じゃないっすか!」
ニカっと獄寺君が笑った。私は呆気に取られてしまい、何て答えれば良いのか困ってしまう。
この子。なんというポジティブシンキングだろうか。しかも、なんだよ、可愛いじゃないか。イケメンで可愛いとかずるくないか。なんだ。彼は怖い子だと思ってたけど、存外良い子だったらしい。
「ああ、でも駄目っすね。折角ソラさんが俺に相談してくださっているというのに、的確なアドバイスが出来てないです」
「あ、ううん。そんな事ないよ。何か気が楽になった」
「本当ですか?」
「うん」
目の前にいる獄寺君が、至極嬉しそうに笑う。つられて私の頬も緩んだ。
その瞬間。
「どわっ!!」
前方から誰かが飛び出してきて、獄寺君と思い切りぶつかった。そのまま獄寺君はその場でよろける。相手の方は勢い余ってその場に尻もちをついていた。顔面に頭突きを食らったらしい獄寺君は顔を押さえ、小さく呻く。続けて顔を上げ、凄みを利かせて怒鳴り出した。
「てんめぇ!何処見て歩いてんだ!……って……あああ!?」
獄寺君が、ぶつかった相手に視線をやり悲鳴を上げる。そちらを見ると、なるほど、獄寺君の悲鳴にも納得がいった。そこにはツナが倒れていたのだ。
「ツナ、大丈夫?」
「十代目!しっ、しっかりしてください!十代目ぇ!!」
眉尻を下げ、心底困った表情で獄寺君がツナを立ち上がらせる。衝撃のせいか、軽く目を回しているらしきツナを獄寺君はぶんぶんと揺さぶった。
「はっ!」
ツナの目の焦点が定まり、私達へと視線を向ける。
「ソラ姉!獄寺君!ご、ごめん!時間が無いんだ!急がないと!」
切羽詰まった表情で、走り去ろうとするツナを慌てて引きとめる。
「待ってよ、ツナ!どうしたの、何かあったんなら話してよ!」
「そうっすよ、十代目!良く分かりませんけど、急ぎの用事でしたら俺もお手伝いします!」
二人でツナに攻め寄ると、ツナは先を急ぎたいのか、視線を前へと向けながら声を荒げた。
「俺、急がないと日が落ちる頃には死んじゃうかもしれないんだよ!」