授業終了のチャイムが鳴る。
    しかし俺は気にせずそのまま、窓の外に意識を飛ばし、ぼんやりとしていた。
    なんかなあ、だるい。今朝の事を思い出すとどうにもヤル気が起きない。だってさ、何か俺が悪いみたいな気になってくるじゃないか。でも俺悪くないよなあ。

    「どうしたの、ツナ君」
    「……ちょっとね。困った事が……って京子ちゃん!?」

    驚いて視線を窓から教室へと移動させると、にっこりと笑った京子ちゃんが、俺の前の席にと座った。

    「ツナ君、朝からずっと困った顔してるから。何かあったの?」
    「えっ、いや!あのっ」

    うわっ、うそ!それって京子ちゃん、朝から俺の事見てて、心配してくれたって事だよな!?うわあ、何ソレ、信じられない。

    「ツナ君?」

    心配そうに京子ちゃんが覗きこんで来る。って、そうだよ。折角心配して来てくれたんだから、こんなにやにやしてる場合じゃないだろ、俺!この機会に話を……って、そうだ。ソラ姉の事相談してみようかな。あ、でも、ソラ姉の名前を出す訳にもいかないよな。どうしよう。まあ、良いや。休み時間もちょっとしかないし、適当に話してみよう。

    「あのさ、もし、名前で呼んで欲しい人がいたら京子ちゃんだったらどうする?」
    「え?」
    「いや、その。知り合いの人がさ。友達に苗字で呼ばれてるんだけど、すっごく名前で呼んで欲しくて困ってるらしいんだよね」
    「私だったら、名前で呼んで欲しいなって頼むなあ」
    「そうなんだけど、それが出来なくて困ってるんだよね」
    「どうして?」

    きょとんとした表情の京子ちゃん。やっぱ京子ちゃんは可愛いー!
    って、違うだろ、俺!
    そのまま頭をぶんぶんと振っていたら、斜め前の席のイス――京子ちゃんが座っている隣だ――が引かれた。そこに座った人物が、わざとらしい溜息をついて俺を見る。

    「何、沢田。アンタ好きな女でもいんの」
    「うわっ!黒川花!」
    「好きな人?今はそんな話してないよ、花」
    「だって、名前で呼んで欲しいけど頼めないとか言ってたじゃない」
    「いや、言ってたけど、それは俺の話じゃないから!」

    俺が慌てて言うと、黒川花は「どうだか。こういうのって、大抵知り合いの話じゃなくて本人の悩みだったりするでしょ」等とぼやいている。確かにそうだけど、今回は本当に本当に俺の話じゃない。っていうか、京子ちゃんの前で誤解されるような事を言わないで欲しい。

    「ま、でもさ。呼んで欲しいと思ったら自分で言うしかないわよ」
    「いや、だから」
    「出来ないとかじゃなくて。相手はその知り合いの気持ちなんか知ったこっちゃないんだし、悶々としてたって無駄よ、無駄。テレパシーでも送る?絶対届かないよ。だったらさっさと自分で言った方が良いわ」

    髪の毛を弄りながら黒川は言った。間違いなく正論なんだと思う。でも、俺達みたいなへたれには、それすらするのもいっぱいいっぱいなのだ。

    「良い、沢田。結局そういうのは思っちゃった方の負けなの。待ってても駄目なのよ。別に告白しろって言ってる訳じゃないんだから、良いじゃない。だいたいアンタ、ツナって呼んでいい?とか女子に言われて自分の事好きなんだ、とか勘違いする?」
    「さっ、さすがにしないよ!」
    「でしょ。そんなもんよ」

    あっさりと黒川は言い切った。隣では京子ちゃんが不思議そうに首を傾げている。
    でも、うん。なんとなく分かった。結局答えは一つしかないんだ。やっぱりこいつ大人なんだよなあ。さばさばしてて、一歩引いた所から見て考えてるって言うか。とりあえず、今の話をソラ姉にしてあげたいけど、俺が言った所で上手く伝えられるような気がしないや。

    「でさ、沢田。誰の話なの?」
    「え?」
    「獄寺とか山本の話だとは思えないのよね。だからアンタの話っていうのが一番しっくりくるけど」

    ちらりと黒川が京子ちゃんを見る。

    「まあ、アンタに限ってそれはないだろうし。じゃあ誰の話なのかなって」
    「なあに、花。どういうこと?」
    「いやいやいや、京子ちゃん、今のは気にしなくて良いから!!」

    俺が席を立ち慌ててごまかそうとした所でチャイムが鳴った。助かった!俺がほっと息を吐くと、京子ちゃんと黒川は立ち上がって席に戻り始める。危なかった。本当なんで黒川みたいなのが、京子ちゃんの親友なんだよ。意味が分からん。
    席に戻った黒川がにやにやした視線をこっちに向けて来たので、気づかないふりをした。アドバイスは良かったけど、これじゃあ後が怖いよ。あー、もう嫌だなあ。

    ***

    あっという間に放課後。
    今日は授業中、ほぼ上の空状態だったなあ。いや、だいたい授業中はいつもそうなんだけど。まあ、今日は悩み事があったから上の空でも仕方ないよな。姉の為に必死に考え込む弟とか、俺って良い奴じゃん。うん、だから授業に集中してなかったのは仕方が無い事なんだ。

    「さてと、帰るか」

    教科書を鞄につめて立ちあがる。
    とりあえず、黒川に言われた事をソラ姉に話してみよう。俺に黒川程説得力のある事が言えるかは分からないけど、まあ言うだけ言おう。流石に今回の事は、俺にも関係あるしこのままだと気まずいから早くなんとかして欲しいしさ。

    「うわ……!」

    歩き出そうと踏み出した途端、突然ふらっとして、そのままよろける。机に足が突っかかり、倒れそうになった所を誰かが腕を掴んで助けてくれた。山本だ。

    「大丈夫か、ツナ」
    「山本、ありがとう」

    礼を言うと山本は、俺が足を引っ掛けて動かしてしまった机を直した。そして、こちらに向き直って苦笑する。

    「どうした、風邪でも引いたか?」
    「分かんない。急にふらっとして、貧血かな」
    「送ってくか?」
    「ううん。大丈夫。っていうか山本これから部活だろ?俺は平気だから行ってきてよ」
    「そっか。ふー、こういう日に限って獄寺いないんだよな。ま、気をつけて帰れよ。じゃあな!」

    そう言って山本は俺の肩を軽く叩き、笑顔で教室を出て行く。その背中を見送って、俺は鞄を持ち直した。

    「なんだろ、微妙にだるいし」

    風邪でも引いたのかな。まあ、それだったら明日学校休めるし良いかな。
    そんな事を考えつつ、俺は教室を出るのだった。




    ――この後起こる騒動の事なんて、まったく知らずに。

    (2011.05.31)

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