「ちょっと!ねえ、ちょっと!止まりなさい!止まりなさいってば!」

    一体何処へ行くのやら。校内から抜け出し、路地を走り続ける大山兄の背中を叩きながら力の限り怒鳴る。非力な自分が恨めしい、大山兄はびくともしなかった。

    「がははははは!そんな攻撃ききはせんわ!」
    「良いから止まってください!このまま私をどうするつもりですか!」
    「ぬっ」
    「考えて無かったんですか!?」

    怒鳴れば、大山兄は足を止めて唸り始めた。本気で何も考えずに私を連れて来ていたらしい。高校生って頭が良いものだと思ってたけど、どうやらそうでもないみたい。
    大山兄は暫くうんうんと唸っていたものの、おお!そうじゃ!と声を上げ意気揚々と続けた。

    「お前は空手部への入部届けに判を押したら逃がしてやろう」
    「はあ!?冗談じゃないです!」
    「ふん、泣いても喚いてもお前に選択権はないわ!」
    「いやああ!誰か助けてぇえええ!」
    「沢田!!」

    半ば涙目になっていた所で、自分を呼ぶ声。顔を上げると、そこには笹川君の姿が。

    「笹川君!」

    視界に彼が入った瞬間、沈み切っていた気持ちが、一気に高揚していく。私の為に追いかけてきてくれたのだろうか。嬉しくてこんな状況にも関わらず笑ってしまいそうになっていると、大山が振り返ったのか、視点がぐるりと回った。あっという間に笹川君が見えなくなってしまう。

    「笹川了平か!」
    「大山大五郎、もう逃がさんぞ!俺と勝負しに来たのではなかったのか!正々堂々戦え!」
    「ぐぬ……良いだろう。受けて立つ!」

    そう言って、大山兄は私を地面に下ろす。
    慌てて笹川君の方へ逃げようとすると、肩を掴まれ大山兄の背後へと引っ張り返されてしまった。どうやら笹川君が勝たない限り逃がしてくれそうにない。仕方なく、私は黙って二人の戦いを見守る事にする。
    笹川君は真剣な表情で大山兄を見つめていた。その場の空気に緊張感が漂う。
    そんな中、空気を読めない私の心臓はけたたましく音を立て始める。ああ、もう。笹川君がこれから戦うっていうのに。ときめいてる場合じゃない。
    空手部員達は笹川君に手も足も出なかったけれど、今度は高校生の空手部主将なんだ。結果がどうなるか分からない。

    「行くぞ!」

    掛け声と共に、大山兄が勢いよく笹川君に蹴りかかった。私は思わず肩を震わせるも、笹川君はそれをあっさりとかわした。
    しかし、それだけでは大山兄は止まらない。右足が地に着くと同時に、左足で回し蹴りを放つ。
    一、二、三。
    三度蹴りを放つも、全てあっさりと笹川君はかわしてしまう。
    大山兄の動きが止まると同時に、笹川君が右腕を思い切り引いた。大山兄がそれに気づき身を引こうとするが、もう遅い。
    笹川君の右腕が真っ直ぐに大山兄の顔面へと放たれる。弾丸のようなその拳を受け止めた大山兄は、一瞬宙に浮き地面に叩きつけられるように倒れた。

    「――――っ…!」

    笹川君の圧勝だった。
    恐る恐る大山兄を覗きこむも、ぴくりとも動かない。完全に気絶してしまっている。

    「沢田!大丈夫か!」
    「笹川君」

    すぐさま笹川君がこちらに駆け寄って来た。彼にとって大山兄は大した事が無かったのだろう。笹川君はぴんぴんとしていた。
    その姿を見たら、なんだか胸がすーっとして、一気に安心してしまう。
    笹川君が無事で、良かった。
    途端、急激に力が抜けた。そのまま私は崩れ落ちるようにへたりこんでしまう。
    それを見た笹川君の表情が険しくなる。そのまま跪き、私を伺うように視線を合わせて来た。

    「沢田!?どうした!?何処か痛むのか!?」
    「あ、いや、その、怪我とかは全然してないんだけど、あれ?」

    何とか立とうと踏ん張るものの、足に全く力が入らない。
    あれ?どうして。おかしい。そんな。もしかして。
    何度試しても立つ事が出来ない。
    ああ、そんな。

    「……こ、腰抜けちゃったみたい」
    「…………」

    へらっと笑ってそう言えば、笹川君は黙ってうつむいてしまった。ま、まずい。呆れてしまったのだろうか。

    「……沢田」

    吐き出される低い声。見れば、笹川君はわなわなと震えている。
    え、何!?怒ってる!?怒ってるの!?
    瞬間、一気に変な汗が噴き出てくる。そりゃそうだ。間抜けな事に二度にわたって空手部にとっ捕まり迷惑を掛けたんだ。もう少ししっかりしろと、怒るのも無理はない。

    「あ、あの、ごめんなさい。もうちょっとしっかりと周りを見ていればこう捕まったりとかしないで済んだかもしれないのに私は」
    「きょっ」
    「きょ?」

    どうにか取り繕うと早口で喋っていると、笹川君が謎の言葉を発したので、言葉を止めて様子を伺う。
    暫しの静寂。
    どうしたのかなあ、と思った辺りで、ぴたり、と笹川君の震えが止まった。
    次の瞬間、笹川君は顔がそのまま取れちゃうんじゃないかと思うくらい勢いよく顔を上げて、私の両肩をその両手で掴んだ。

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