「ガーッハッハッハッハッハ!!覚悟しろ!笹川了平!」
「大山!?…………に、沢田か!?」
「ええええ?!ソラ姉!?」
「あああ、もう!放してってば!」
どよめく部室内。リング上にいるツナが驚いた様子で私を見ている。ここぞとばかりに暴れてみれば、大山兄は私を乱暴に他の部員に手渡した。物じゃないんだから、もっと丁寧に扱って欲しい。
地面に足がついて一安心、と思いきや、今度は他の部員にはがいじめにされる。
もう嫌。
「お前が笹川了平か!弟の話によれば相当の強いらしいのう!」
大山兄が前に出て、豪快に言い放った。なんでこの人はこんなに偉そうなんだろう。
部室内にいる生徒の注目が大山兄に集まった所で、彼は勢いよく振りかぶり、ポーズを付けながら続ける。
「並盛高校空手部主将!大山大五郎!相手しちゃるけん!かかってこんかあああい!」
「兄弟!?っていうか、高校生!?」
ツナが驚きの声を上げるも耳も貸さず、大山弟が一歩前に出て兄の隣へと並ぶ。
「笹川!この勝負俺たちが勝ったら、笹川京子と、ついでに沢田ソラは空手部がいただく!!」
「なんだってぇえええ!?」
「っていうか、ついでって何!ついでって!人の事勝手に連れて来た癖についでとか言わないでよ!」
ツナと私が非難の声を上げるも、大山は聞く耳を持っていないらしい。仁王立ちでくつくつと笑っている。何処の悪役だ。
笑っている大山を脇に、私は視線を部室内に這わした。そこにはツナと笹川君はもちろん、山本君と並盛の制服を来た長い黒髪の女子がいる。そこまでは分かるのだが、何故かビアンキさんやリボーン、ランボちゃんにイーピンちゃんまでいた。ついでに並盛の制服ではない制服を着用してるポニーテールの女の子まで。バリエーションに富んだメンバーに私は目を白黒させる。こっちはこっちで一体何事なの。
「俺らの時代から空手部はむさくるしい男ばかり!花のような女子マネージャーにどれだけ憧れた事か!可愛い弟達の為じゃ!手加減はせんぞぉお!!」
大山兄が吠える。なんという不純な動機だろうか。呆れてしまう。
しかし空手部員にはとても重要な事らしく、部員たちはオス!と声を張り上げ、輝くような視線を大山兄に向けていた。ああ、なんてくだらなく嘆かわしい事だろう。
「来いっ」
「きゃあ」
大山弟が入口付近で戸惑っていた京子ちゃんの腕を乱暴に掴んだ。
「駄目だよ、そんな無理やり!」
「大山のバカ!京子ちゃんに乱暴しないで!」
ツナと私が同時に声を上げる。しかし大山弟は聞く耳持たずと言った感じで、京子ちゃんを引きよせる。
このままではいけない。この状況をなんとかしなくては。
しかしそうは言ってもどうしたら良いのかと考えあぐねていると、私をはがいじめにしている空手部員の手が緩み、突如右にふっ飛んだ。何事かと慌ててそちらを見れば、そこには苦しそうにお腹を押さえた獄寺君が立っていた。
「……ご無事ですかっ、ソラさん……!」
「ごっ、獄寺君!」
「獄寺君!お、お腹は大丈夫なの!?」
ツナの問いに獄寺君は、私を背にし守るように立ちながらそれに答える。
「平気っす……十代目の為なら、例え姉貴がいようと、やります……!」
理由は分からないけれど、どうやら彼はお腹が痛いらしい。顔色がすごく悪い。
「ソラさんは安全な場所へお下がりください」
「う、うん。ありがとう、気をつけてね。獄寺君」
おろおろしながら私が答えると、脂汗をかきつつも獄寺君は笑顔を浮かべる。どう見ても無理をしているようだが、最早止められるような雰囲気ではなかった。
「かかれぇえええ!」
大山兄が叫ぶと、戦いの火ぶたは切って落とされる。その場にいる全員が臨戦態勢へと移った。
しかし相手が悪かったようだ。
笹川君に、山本君。ビアンキさんに、獄寺君。彼らの前に掛かれば空手部員など赤子同然だった。皆あれよあれよと言う間に、次々となぎ倒されてしまう。体調が悪いはずの獄寺君にさえ、手も足も出ないくらいだ。
すごい。
私は口を開けたままその様子を眺めていた。もう、ただただ驚くばかりだ。だって空手部員の方が人数が多いっていうのに、皆全然余裕なんだもん。正直、ちょっとだけ不安だったんだけど、そんなの取り越し苦労だったみたいだ。
「ぐっ……ぐぬぬぬぬ……!」
立っている部員も残り僅かという所で、大山が京子ちゃんの手を引き走り出した。
「京子ちゃん!」
ツナが声を掛けるも、大山は止まらない。この状況に焦ったのだろう。彼は京子ちゃんを引き連れ部室から逃げようとする。
それに誰よりも早く反応したのはツナだった。果敢にも一人、大山へと向かっていく。
「ツナ君!」
「邪魔はさせん!」
京子ちゃんを後ろに押し、大山が構えた。途端、ツナが竦み上がるも、その足は止まらない。大山が拳を引く。殴る気だ。今のツナは死ぬ気の状態でもない、いつものツナだ。いくらなんでも、空手部主将の大山に勝てるはずがない。
「だっ、駄目!ツナ!危ない!」
「カウンターだ、ツナ」
殴られる弟を想像して青くなる私とは逆に、リボーン君が酷く冷静な声で言った。それがツナの耳に届いたのか、反射的にツナの右腕が前方へと放たれる。
「――――っ!!」
咄嗟に私は瞳を閉じる。
拳のぶつかる、鈍い音。呻き声と共に、地面に崩れ落ちる音が耳に届いた。
静まり返る部室内。
私は両手で顔を覆ったまま、目を開ける事が出来ない。だって、当然でしょう。誰が好き好んで弟が痛めつけられている姿なんか見たがるか。
「やった!……さすが十代目!」
さすがじゅうだめ?
獄寺君の耳を疑ってしまうような発言と共に、私は弾けるように目を開いた。
「ツナさん凄いですっ!ハルの為に愛をこめたっ、スーパーデンジャラスパーンチッ!」
「勝手に愛こめんな!!」
他校の女生徒が、きゃあきゃあと声を上げ、それに対してツッコミをいれているのは紛れもなく。
「……ツナ」
驚いた。
としか今の気持ちを表現出来ない。私の視線の先では、ツナがピンピンした様子で立っていて、その足元には目を回している大山の姿があるのだ。
信じられない。ツナは喧嘩なんて出来ない。喧嘩したって死ぬ気弾と言う例外が無ければいつも負けた事しかないような子だ。私でさえツナに腕力で勝てる自信がある。それが、空手部の主将を一撃で伸したのだ。
信じられない気持ちはツナも一緒なのだろう。倒れている大山を魂が抜けたような表情で見下ろしている。
「ほんとに、俺が?」
「そうだ、死ぬ気弾の助けなしにな」
うわ言のように呟くツナに対して、ニヤリとリボーン君が笑った。
これで一件落着……かと思いきや、今度は私の体が宙に浮く。
「ぬぉおおお!ちくしょう!こうなったら、この女子だけでも!!」
「へっ!?」
い、一体何事!?行き成りの浮遊感に、目を白黒させていると、皆の驚いた表情が目に入る。
「ソラ姉!」
「がーっはっはっは!さらばだ!!」
どうやら再び大山兄に担ぎ上げられたらしい。気づいた時には既に遅し。
大山大五郎は、高笑いをしながら部室を飛び出し走り出していた。