放課後。
さっさと帰る支度を済ませて、私は早々に教室を出た。
ホームルームが長引いちゃったから遅くなった。もうツナはボクシング部の部室に行ってるのかな。
小走りで渡り廊下へと差し掛かった所で、思いきり何かにぶつかり私はその場に尻餅をついた。
あああ、地味に痛い……。
涙目になりつつも、顔を上げるとガタイの良い同級生の姿が目に映る。どうやら私とぶつかったのは空手部部長の大山のようだった。彼が手を差し出してきて引っ張り立たせてくれる。
「沢田。悪いな、平気か」
「うん、平気。ごめんね、こっちも前を見てなくて」
手短に謝って私はスカートのゴミをはたいた。汚れてはいない、かな?スカートを軽くチェックしてみる。よし、大丈夫みたいだ。
スカートが汚れていないのを確認してから前を見て、私は面食らった。そこにいたのは大山だけでなく、空手部の部員らしき人達が揃いに揃って隠れるようにしながら何かを見ていたからである。異常だ。どうみても怪しい。不審過ぎる。
大体今から部活の時間だろうに、この人達はこんな所で一体何をしているっていうんだ。
流石に気になってしまったので視線の先を追ってみると、そこには京子ちゃんの姿があった。
え、何で京子ちゃん?なんですか。もしかしてこの人達、集団ストーカーか何かですか。
既に私の事など眼中にないのか大山は、訝しげに見ている私等には気づきもせず、空手部員に向かって嫌らしい笑みを浮かべて見せた。
「うしうしうしうし、これで笹川京子は我が空手部の物だ」
「これで我が空手部にも潤いが……!」
ひっひっひと笑う空手部員達。怪しい。怪しすぎる。っていうか何言っちゃってるの、この人達。京子ちゃんが空手部の物ってどういう事だろう。
「ちょっと、大山。京子ちゃんに何するつもり?」
「ぬぬっ!沢田、まだいたのか!」
「いて悪かったですね。で、何を企んでるの。事の次第によっては……むぐっ!?」
私の言葉は最後まで放たれる事なく、妨害される。後ろから口を塞がれたのだ。
な、なんなの!?突然の状況に訳が分からなくなる。
後ろから現れた人物は片手は私の口に、もう片方の手は抱え込むような形で私の両手を塞いでいた。必死に動いてみるけれど、がっしりと抑え込まれて動きが取れない。
「んーんーんー!?」
「兄さん!」
大山が叫ぶ。
って兄さん?!確認したいけど、こう抑え込まれちゃ確認何て出来ない。っていうか、なんなの、この状況は!
「弟よ!つい、抑え込んでしまったが、この女子はどうするんじゃあ!?」
「とりあえず、今騒がれては困るから一緒に連れて行こう」
「了解っす!大山先輩!」
「んんん〜!?」
「安心しろ、沢田。お前には何もしない!今邪魔されては困るのだ」
にたりと笑みを浮かべ、大山が私を見てくる。
ど、どういう事なの!この人達京子ちゃんに何をする気なの!?
「あまり暴れるな。さあ、行くぞ!」
「ん〜!!!」
非力な私はなすすべもなく。そのまま空手部に拉致されるのであった。
***
「ちょっと!下ろして!下ろしてってば!」
「うるさいぞ、沢田!」
「大山のお兄さんの手、ぬるぬるしてて気持ちが悪いです……」
「うがあああああ!なんてこと言うんじゃ、この女子はぁあああ!地味に傷付くだろうがあああ!」
こうして精神攻撃をしかけても大山のお兄さんは私を放してくれない。
何とか口だけは解放してもらえたものの、私は今大山兄に肩から担ぎあげられ運ばれていた。逃げようにも、太ももをしっかりと抑え込まれてしまっているので動けない。年頃の乙女がこんな格好で持ち上げられるとか、あんまりじゃないか。何もしないっていう言葉を信じるにしても、この体勢はパンツが見えてないかが心配だ。
「ねえ、一体どこに連れてくつもりなの」
「ボクシング部だ」
逃げるのを諦め、手足を投げ出して半ばヤケクソ気味に大山に問うと、意外な答えが返って来た。
「ボ、ボクシング部?なんで」
「笹川京子を空手部マネージャーにする為、笹川了平に勝負を挑むからだ!」
「なにそれ」
呆れた。なんて馬鹿な。
持田にしろ空手部にしろ、何でこの学校には自分勝手に女の子を賞品扱いする男ばかりなんだろう。そもそも京子ちゃんの意思はどうなんだ。身勝手にも程がある。
大体だ――
「大山、つい先日笹川君にボロ負けしたばっかなんでしょ?聞いたよ。しかも「もっと極限に強い奴はいないのかー」って怒鳴られちゃったんでしょ?そんなレベルじゃ、何度挑んだって無理だよ、勝てないって」
「うるさい!だから今日は並盛高校に通っている兄さんを連れて来たのだ!」
「お兄さんって……高校生だったの!?うわー、最低。最悪。中学生の勝負になんで高校生連れ込むの。卑怯者。根性無し。信じられない。持田以下……さいっっっってい……」
「い、言い過ぎだぞ、沢田!お前は敗者を労わる事も出来ないのか!それに勝負は勝てば良いんだ、手段に拘るのは負け犬のする事!俺は何をしようとも必ず勝ち、空手部に女子マネージャーという潤いを得る!がーっはっはっはっはっは!!」
「流石です、大山先輩!痺れるっす!」
大山が開き直ってそう言い切ると、空手部員達から歓声が上がる。どう考えても感心する所ではない。並盛の空手部は部員全員が馬鹿なのか。いや、空手部だけじゃない。剣道部も同じようなものだ。何なんだこの学校の生徒は。情けない。なんだか泣きたくなってきた。
「じゃあボクシング部についたら解放してくれるの?まさか人質にして無抵抗のボクシング部部員を叩きつぶすとかそういう事はしないよね。そこまでクズじゃないよね」
「そんな事はしない!沢田が空手部にマネージャーとして入部届けを書けば解放してやる」
……え?
…………は?
はぁあああああああ!?
何を言ってるの、大山は!京子ちゃんだけじゃ飽き足らず私も!?っていうか、何もしないって言ってたのに結局思いっきり巻き込んでるじゃない!
「何で私も!?しかも拒否権なさそうだし!どういう事!」
「笹川京子一人だと、男の群れの中に入るのは怖がるかもしれんだろ。可哀そうじゃないか」
「先輩の言う通りっす!女子は多い方が良いっす!」
「私だって嫌なんだけど。私だって可哀そうなんだけど」
「よし、ついたぞ!」
まだまだ文句はあったものの、大山の言葉に反応して体をねじって前を見た。いつの間にかボクシング部前まで来ていたらしい。
丁度、中に京子ちゃんが入っていくのが見える。それを確認してから、大山達は続くように中へと勢いよく入って行った。