――笹川君に獄寺君と姉弟って誤解された。
ソラは酷く落ち込んでいた。帰路につく足も重い。
とりあえず今朝あの後に、獄寺には「お姉様って呼ばないで」と釘を刺しておいた。獄寺は「しかし10代目のお姉様にそんなご無礼は働けない」だのとごねていたが、頭を下げて頼んだら渋々と言った様子で了承してくれた。
その後に「ソラさん」と、少し恥ずかしそうに呼ぶ彼を見てソラは怒りが吹っ飛び、によによと対応してしまったのを後悔する。
だって仕方ないじゃない。女なら誰でもあれにはクラっと来るよ。可愛かったのよ、仕方ない。
自分を恨めしく思い深く溜息をつきつつ、ソラは自宅の玄関のドアノブを回した。
「あら、おかえりなさい」
「うん、ただいまー……」
反射的にそう答えてソラは目の前の美女に頭を下げた。そしてすぐさま顔を上げ目の前にいる女性を確認する為正面から真っ直ぐ見た。見覚えが無い。この人誰。
自宅に入り、玄関先でさも当然のように自分を出迎えたのはワンレングスカットの見知らぬ女だった。艶っぽい美しさの、グラマラスな女。その容姿は同じ女同士でも見惚れてしまうくらいに美しい。
しかし、何故だか妙にその顔に見覚えがある。しかしこんな女性と会った覚えはない。ついでに言うなら、このやりとり、今朝もやったような――
「ものしりランボさんは知ってるよー。ソラと違ってものしりだから、この女のことも知ってるもんね!」
「ランボ君」
リビングの方からやって来たのは、最近沢田家に住み着き始めたボヴィーノファミリーのランボだ。まだ5歳の子供だけど、リボーンに言わせれば彼もマフィアの一人らしい。
そんな5歳児マフィアは陽気に鼻歌を歌いながら、ソラ達の足元までやってきて、偉そうに胸を張った。
「こいつはねー!ビアンキって言ってへったくそな料理作って皆をいじ」
「殺すわよ」
「ぴぎゃ!!」
ランボが喋り出した途端に目の前の美人――ビアンキというらしい――がドスの利いた低い声を出したものだから、幼児は目に涙を浮かべながらリビングへと逃げ帰っていく。
子供相手になんて容赦の無い……。軽く冷や汗を流しながらそのやりとりを眺めていると、ビアンキがソラの方に向き直った。
「貴方、愛している人がいるわね」
「えっ」
「上がりなさい。話を聞いてあげるわ」
「あ、はい。おじゃまします。というかここは私の家です」
ビアンキに促され、ソラは家に上がる。ツッコミはスルーされたものの、彼女の傲然たる態度に圧倒され、ソラはそれ以上何も言えなかった。
ビアンキはそのまま階段を上っていき当然のようにツナの部屋へと入った。部屋の中にはツナもリボーンもいない。まだ二人は帰って来ていないようだ。
「座りなさい。お茶でもいれましょうか」
「いえお構いなく」
流されやすいソラはすっかり客人のように振る舞ってしまう。そのままローテーブルを挟み、二人は向き合った。
このビアンキさんは一体何者なんだろうか。今更聞きづらい。しかし、ランボとは顔見知りのようだし、きっとまたリボーン絡みなのだろう。さっき殺すとか言っていたし。彼女も殺し屋の一人なのかもしれない。
それでもビアンキからは自然と恐怖は感じられない。ビアンキはそんな不思議な魅力のある女だった。
「何があったの」
「え」
「貴方の瞳に迷いが見えるわ。今、愛に悩んでいるでしょう」
真正面から見据えられ、ソラは面食らった。何故分かるのだ。
「言ってごらんなさい」
「その……実は……」
そうして、ソラは顔を合わせたばかりのビアンキに、己の内を語ってしまうのであった。
***
全てを語り終えると、ビアンキが嘆息をもらす。
「まったく隼人には困ったものね」
「あれ、お知り合いなんですか?」
びっくりしていると、ビアンキは普通に頷いた。
「腹違いの弟よ」
「おっ、弟さん!?しかも腹違いって、そんな……」
意表をつかれて声を上げるも、すぐに納得した。腹違いというのはともかく、言われてみれば顔立ちがどことなく似ている。それに、ビアンキとどこかで会ったような気がしたのも、二人の登場の仕方が似通っていた為なのかもしれない。ついでに言えば、肝心な話をあまり聞いてくれない所もよく似ている。
しかしそんな事は大した問題じゃないのだろう。ビアンキは何事も無かったかのように続けた。
「で、貴方が悩んでいる事だけど。簡単じゃない。隼人が弟じゃないと告げるだけだもの」
「そうなんですけど……弟じゃないって言ったら、余所の子にお姉様とか呼ばせてたように思われたら嫌だし……それに男の子と二人で登校してるのとか、誤解を招きそうだし」
「そういう細かい事を気にするタイプの男なの?」
「いえ、そう言われると全然」
「なら簡単じゃない」
淡々と語るビアンキ。
まあ確かに、簡単だけど。簡単なんだけど。
「言いにくいのね。愛するあまりに」
「ちょっと大げさですけど。そんな感じです」
「別に放っておいてもその内誤解だと分かると思うけど」
「そうなんですけど、誤解が解けた時に何で説明しなかったんだーって思われそうじゃないですかぁ」
「そう。ならもっと良い解決方法があるわ」
「なんですか?」
思わずソラは身を乗り出す。
「愛を伝えればいいのよ」
「いや、それこそ無理です」
ソラは力なくローテーブルに突っ伏した。
仕方ない。明日素直に笹川君へ説明しよう。それが一番の解決方法だ。告白するよりは全然簡単な話だ。
「二人とも何やってんだよ!俺の部屋で!」
怒声を浴びて顔を上げると部屋の入口にツナとリボーンが立っていた。「二人ともおかえり」「おかえりなさい、リボーン」ソラとビアンキがそれぞれを出迎える。
「ただいま。じゃなくて!」
「邪魔しないで頂戴、沢田綱吉。今愛について語り合ってるの」
ビアンキが膝に飛び乗ってくるリボーンを両手で優しく迎え入れる一方、顔だけツナに向け睨みつけた。子ウサギのように震えるツナを見て、慌ててソラが口を開く。流石に自分の部屋に入るのを邪魔され責め立てられては可哀そうだ。
「あの、大丈夫です。ビアンキさん。私決心が付きました。笹川君に獄寺君は弟じゃないって伝えます」
「そう、頑張って。上手くいくと良いわね」
「何その状況!?ソラ姉、何があったの!?」
嵐を呼ぶ中学生
驚いた事にビアンキさんは愛するリボーンを追いかけてきたらしい。
今日からツナの家庭教師をするという事で、ごちそうを振る舞って貰って喜んで食べたら、死にかけた。
あの姉弟は恐ろしいという事をソラはしっかりと学んだ。
(2011.05.12)