「行くぞ!沢田!」

    そう叫ぶのを合図に、持田がツナへと走っていく。ツナは道着も着ていなければ、竹刀も持っていない。持田め。なんて卑怯な奴なんだ。女の子を賞品という時点で頭がおかしいとは思っていたが、丸腰の相手に襲いかかるなんてどうかしているとしか思えない。

    「ツナ!」

    そこへ助け船を出すように爽やかな体育会系の男子が、ツナに向かって竹刀を投げた。彼は、私も知ってる。我が学校でも有名人の、野球少年山本君だ。そう言えばツナが同じクラスだって言っていたような気がする。
    ツナが投げられた竹刀を抱えるようにして受け取った時には、既に持田は目の前だった。
    彼は躊躇することなくツナに竹刀を振り落とした。ツナが持っていた竹刀は弾かれ、そのまま押し負け尻もちをつく。しかし持田の竹刀を持つ手は休まる事無く再びツナへと向けられた。慌ててツナは持田から逃げるように離れて行く。

    「逃がすか!」

    もうルールも何もあったものではない。これは持田による、ツナの公開処刑だ。ぶっちゃけただのリンチである。持田はげらげらと笑いながら逃げ回るツナを追いかけていた。それはもう完全に悪役そのものだった。しかも小悪党。
    二人の間に何があったかは知らないけれど、これではあんまりだ。

    「やっぱダメツナはダメツナだなー!」

    ひたすら逃げ惑うだけのツナに、ギャラリー達が笑いながら野次と飛ばし始めた。何て下衆な奴らなのだろう。イライラとしてくる。
    大体、剣道部主将の持田と剣道勝負なんて時点で、勝敗は決まっているようなものなのだ。ツナを笑うよりも持田の卑怯さに注目すべきではないのか。しかも、ルールなんて最早ない、ただの殴り合いなのに。
    そうこうしている内に、持田がツナの足を払った。確か剣道では足を払うのは反則だったはずである。
    ――最早我慢の限界だった。

    「もう駄目、見てられない」
    「待て、どこに行くつもりだ」
    「持田を止めてくる!ツナが可哀そうだよ!」

    引き止めてくるリボーン君にそう怒鳴る。しかし、次に耳に入って来た言葉で私の足は完全に止まった。

    「沢田君!頑張って!!」

    声の方へ顔を向ける。
    笹川京子ちゃんだ。
    皆がツナを囲んで笑う中、彼女はツナに対して声援を送っていた。笑いなんかせず、真剣な表情で彼女はツナを見つめている。
    あの子はまだツナが頑張れると信じているらしい。姉の私でも、ツナはもう駄目だと思ってしまったのに。
    ツナを応援する京子ちゃんの方を見て持田がショックを受けている傍で、ツナの表情が変わった。
    その顔は諦めようとしている人間の表情じゃなく、力強い意思を感じるものだった。

    「そうだ、ツナ。死ぬ気で戦え」

    横を見るとリボーン君が、どこから出したのかライフルを構えていた。私がリアクションを取る前に、彼は引き金を引く。

    「ちょ……っ!?」

    銃口から弾が放たれる。玩具ではなかった。これは本物だ。弾丸はツナの脳天へ直撃する。頭を打たれたツナはその場に崩れ落ちるように倒れた。突然の事に私は手摺から乗り出し、声にならない悲鳴を上げる。
    瞬間。
    ツナが、立ちあがった。

    何故か、パンツ一枚で。

    「復活!!何が何でも一本とるぅううう!!」

    そう叫んだツナの形相は普段のものとは全く違っていた。今朝すれ違った時と同じだ。別人みたいになっている。撃ち抜かれたはずの額にも、怪我はない。
    起き上がったツナは、そのまま怒り狂ったような表情で、持田に突撃していく。もちろん、道着も竹刀もなく、ただパンツ一枚でだ。

    「馬鹿め!そんな小細工通用するか!!」

    持田が竹刀を振り上げツナに叩きつけると同時に、ツナが頭突きを繰り出す。激しい音と共に竹刀と頭がぶつかり合う。そして恐ろしい事に、頭突きが押し勝ってしまい、竹刀が音を立てて折れた。
    当然持田は驚き戸惑うが、ツナは止まらない。そのまま持田に突進して、彼を押し倒した。そして、右手を高らかに上げる。
    手刀で面を取るつもりなのだろうか。
    しかし振り落とされたツナの手は、持田の髪の毛をしっかりと握り。そして。

    その毛を思い切りむしりとった。

    「一本どころか……百本取ったぞぉおおおおお!!!」

    えええええええ!?
    そんな、むちゃくちゃな!普段のツナなら間違いなく自分自身にツッコミを入れてるであろう。ありえない行動だ。

    その壮絶な行動に気押され、静まり返る体育館内。

    ツナは鬼のような形相で審判を睨んだ。その迫力に圧倒されてか、審判は竦み上がり黙ってしまう。そして何を思ったのか、ツナは再び持田の毛をむしり始めた。躊躇が無い。まるで草むしりをするようにどんどんとむしっていく。その激しい勢いに私も、他のギャラリーも呆然とする。
    って、待て待て。ちょっとまずいよ!あれじゃあ持田の毛が全部むしられちゃう。
    流石に審判もマズイと思ったのか、慌てて旗を上げ、叫んだ。

    「いいいい、一本!!!」

    途端。

    体育館は生徒たちの歓声で包まれた。大盛り上がりである。当たり前だ。どう考えても負け試合だと思っていたのに、とんでもない方法で勝利へと乗り上げたのだ。しかも、あの、ダメツナがだ。

    「ツナー!見なおしたぞ!」
    「すかっとした!!」
    「やるじゃねえか!」

    いつの間にか、ツナは普段通りの表情に戻っていて。そんな彼の前には京子ちゃんが立っていた。生徒達の歓声で、二人の会話は聞こえない。けれど、ツナの表情はとても嬉しそうなものだった。

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