足が痛い。物凄く痛い。
理由は分かってる。それと言うのも、今朝ツナを追いかけ回っていたせいだ。しかもずっと上を向きながら走り続けていた為か、足だけでなく首も痛む。
痛いといえば、今朝のあれはなんだったのだろうか。私の知りうる限りでは、全く説明のつかない展開に、頭も痛くなってくる。これは今日帰ったら、ツナを問いたださないといけない。聞きたい事は山ほどある。それにしても、何だか最近は、誰かを追いかけて走ってばかりな気がするなあ。
「沢田〜!笹川が呼んでるぞ!」
ホームルームを終え、さて帰ろうと鞄に教科書を片付けようとした所で、教室ドア付近に立っていたクラスメイトが叫んだ。私は途端に持っていたノートを床に落とす。
今、気のせいでなければ、笹川君が呼んでるって言ったような。
「なにぼーっとしてんのソラ、落としてるわよ」
「あ、ああ、ありがとう」
友達が拾ってくれたノートを慌てて受け取ると、無理やり鞄に押しこんで私は席を立った。教室のドアに目を向けるとそこには本当に笹川君が立っている。
嘘、夢じゃない。笹川君が私に会いに来てる?信じられない。やっぱり私は今朝から夢を見続けているのかもしれない。
心臓をばくばく言わせながら、私駆け足で笹川君の下へと向かった。
「どうしたの?私に用事って」
「ああ、すまんな。ちゃんと学校にたどり着いたか確認しに来ただけだったんだが」
ああ、なるほど。私がいるかどうか聞いたら、そのまま呼び出されてしまったのだろう。そう言えば今朝は変な別れ方しちゃったものね。一度説明しに行くべきだったのかもしれない。
というか笹川君、わざわざ来てくれたのって、もしかして心配してくれたからなんだろうか。
まずい。そんな事を考えていたら、顔がにやけてきた。どうしよう、嬉しい。
「沢田。今朝の熱血野郎とお前は――」
「ソラ!大変よ!」
笹川君が何かを言いかけた時、他のクラスの友達が慌てた様子で廊下から走って来た。何やら焦っているその様子に首を傾げる。どうしたのだろうか。
「何?そんなに慌てて」
「何じゃないわよ!持田のヤツがツナ君に勝負をしかけたの!これから後輩の女の子をかけて体育館で決闘だって!」
「ツナ……今朝の熱血野郎か!」
私が返答するより早く笹川君が反応する。険しい表情で叫ぶその様子に、呆気に取られていると、彼は体育館の方へと向かって走り出す。
「笹川君!?」
私の声も聞こえないのか、彼の姿はあっという間に消えてしまった。
笹川君は一体どうしたと言うのだろうか。あんなに過剰に反応して。それにだ。持田が、ツナに決闘?一体どうして?しかも後輩の女の子をかけて……?
ああ、また訳が分からなくなってきた。どうして今日はこんなにも訳の分からない事が起きるのだろう。
「ほら、ソラ!あんたも行かなくて良いの?」
「あ、ああ、そうだった!ありがとう!」
そうだ。今は考えこんでいる場合じゃない。私も早くいかなくちゃ。
気になる事は沢山あるが、こうしてはいられない。私は体育館へと掛け出した。本日二度目の全力疾走だ。
体育館に着くと、そこは生徒でごった返しになっていた。とりあえず、まだ勝負は始まっていないらしい。と言う事は、ツナはまだ来ていないのだろう。それにしても、こんなに人が集まるなんて、驚きだ。
「ソラ、こっちだぞ」
「リボーン君!?」
気がつけば足元にリボーン君が立っていた。本当に突然現れたので、私はその場でのけぞってしまう。一体何でここにいるというのか。
私がそうして動揺していると、彼は構わず歩き始めてしまう。先生にでも見つかったら大変だ。私は見失わないようにそれを追いかけた。
彼は舞台袖を通り、階段を上っていく。どうやら一階を見通せる場所へ移動するつもりみたいだ。階段を上った先の扉を開けると、普段窓を閉める為にしか入らない二階――と言っていいのか分からないけれど――に着いた。
リボーン君は軽々と飛ぶと、手摺の上に立ち一階を見下ろす。
「ダメツナはまだ来てねぇみたいだな」
私はドアを占めて、リボーン君の隣に立ち同様に一階を見下ろした。
「……ツナは、来ないかもしれないよ」
中央には剣道着を着用した持田がふんぞり返っている。それを囲むようにして他の生徒が立っていた。さっき私が来た時よりも人が増えている。そこには、もちろん笹川君の姿もあった。そして驚くべき事に、群れるのが嫌いな雲雀君の姿まである。
これだけの人が集まっているんだ。きっと、ツナは入口で臆して、そのまま逃げ帰ってしまうかもしれない。あれは優しい子ではあるけど、人一倍臆病なのだ。
「お前の考えてる事は分かるぞ。だがな、あいつも男だ」「え?」
「見ろ」
リボーン君が体育館の出入り口を指した。私は流されるように、視線をそちらに向ける。
「うそ……!」
そこには、信じられない事にツナが立っていた。眉をハの字に下げながら、ひきつった表情でだけれど。ちゃんと来ていた。
ツナはまるで小動物のように震えながら、よろよろと体育館の中央へと歩いていく。どうやら、誰かに無理やり連れてこられたという訳ではなく、ちゃんと自分の足で来たらしい。体育館に集まった生徒もまさか来るとは思っていなかったのだろう。驚いた様子でツナに道を開けていた。
その先では、自身に満ちた笑顔を浮かべた持田がツナを待ちかまえている。
「きやがったな、変態ストーカーめ!おまえのようなクズは、天が見逃そうがこの俺が許さん!成敗してくれる!」
「い、いや……あの、さっきのには訳が……」
ツナはおろおろとしながら、両手を上げて持田を見た。どうやら二人の間には、何か食い違っている事があるようだ。しかし、持田は言い訳はきかん!と、竹刀を突き付け高らかに笑った。ツナが甲高い悲鳴を上げる。ああ、可哀そう。ツナってば完全に怯えきっている。
「心配するな!貴様は剣道初心者。そこでこの勝負、十分間に一本でも取れれば貴様の勝ち。出来なければ俺の勝ちとする。そして」
持田は竹刀を、振って一人の女の子を指した。そこには、髪の短い可愛らしい女の子が立っている。女の子も自分の方に話が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。目を見開いて驚いている。
「賞品はもちろん!笹川京子だ!!」
笹川京子――あの子が今回の
…………ん?笹川……京子?
「ってえええええええええ!?」
「うるせぇぞ、黙って見てろ」
「だだだだ、だって、あの女の子、笹川く」
「……」
視線は体育館中央に向けたまま、リボーン君は黙ってこちらに銃口を押しつけて来た。私はその有無も言わせぬような迫力に驚き、そのまま押し黙ってしまう。
っていうか。そもそも何故銃なんて危険な物を持っているのだ、この赤ん坊は。玩具?それにしてはリアルだ。じゃあモデルガン?いやいやいや、今はそんな場合じゃない。あれだ、あの女の子だ!ツナと持田が奪い合ってる女の子って、多分、そう。笹川君の、妹さんだ。
色々言いたい事はあったものの、疑問を口に出す事をリボーン君に禁じられてしまったので私は大人しくツナ達に視線を戻した。中央では、ツナが助けを求めるように周囲に視線を向けているが、誰も手を貸す様子はない。そんなツナを前にして、持田は悪役さながらの笑みを浮かべていた。へっへっへ、これからどう料理してやろうか。そんな台詞がお似合いな悪い笑顔である。こいつ、こんなキャラだったっけ。ちょっと勘違いしてるけど爽やかな剣道部員だと思っていたのに。女の子を賞品呼ばわりするような奴だとは思ってもみなかった。
そして賞品と言われた笹川京子ちゃんは、当たり前だが怒っているようだった。この話を聞かされていなかったのだろうか、文句を言おうと前へ出ようとしているが女子生徒に止められている。
その状況を見て、なんとなく理解する。多分持田が一方的に迫ってるだけなんだろう。