短編 | ナノ 罪人たち



僕には昔、好きな人が居ました。
いえ、昔の話ですよ。貴女が心配することはなんにもありません。余所に子供が居るわけでも、愛人が居るわけでもありません。どうか心配しないでください。
あれは貴女とお付き合いを始める前の、片思いのようなものでした。

僕に幼なじみが居たことは貴女もご存知だったと思います。彼とは家も隣同士、学校も高校まではずっと同じの、腐れ縁のようなものでした。
小さい頃から何をするにも一緒でした。彼との出会いなんて記憶にありません。ただいつの間にか僕たちは知り合いに成っていました。
そうそう、僕も小学生の頃は少々やんちゃで、彼と二人で餓鬼大将のようなことをしていました。……貴女には信じられないことかもしれませんが。

中学生になって、思春期というやつでしょうか。整った顔立ちをしている彼の隣に居ることが嫌になったこともありました。僕は昔から平凡な人間でしたからね。
そうして一緒にやんちゃをするのをやめて、本ばかり読んでいました。そして彼は部活を始めました。
図書室で本を読んでいると、グラウンドでサッカーをする彼の姿がよく見えました。ボールを追い掛ける彼はきらきらと輝いていて、手元の本がまったく進まないこともありました。
僕は彼が羨ましいのだと思っていました。彼のようになりたいのだと。
彼は部活が終わると必ず図書室にやってきました。放っておくと本を読み続けている僕を無理矢理帰宅させるのが彼の役目でした。
けれど……そう、僕は本当は待っていたのです。彼が迎えに来てくれるのを。
今考えると本当に恥ずかしい話ですが、僕は口では彼と並んでいたくないと言いながら、本心では彼を独占していたかったのです。だから図書室で集中できずに本を読んでいました。


高校生になってもそんな日々は続きました。彼は相変わらずサッカー部で、僕は図書委員になり、放課後はずっと図書室に居ました。部活が終われば彼が迎えに来て一緒に帰りました。
彼の容姿はずっと素敵になっていました。女子に告白されることも多く、また、それを断ることも多いようでした。気まぐれに一人と付き合っては、どうも釈然としないらしく別れることも在ったようです。

ある時、僕は図書室で一冊の本を見つけました。
それは普通の小説でしたが、ただ一つ異常な所がありました。主人公の男性が、やはり男性の友人から求愛されるのです。
その個所を読んだ時に僕は何やら叫び出しそうになりました。嗚呼、同じ男を愛するなどなんて不道徳なのだろう、と。
しかしそれ以上に僕には友人の気持ちがわかってしまったのです。
……僕は、幼なじみが好きだと自覚しました。
同時に告白してしまおうかと思いました。が、拒絶されるのが恐ろしくて言い出せませんでした。
そうして悩んでいると、彼は僕に「好きな人ができた」と告げました。
図書委員の、後輩の女子だと。告げられて「ああ、あの子か」とわかりました。そして、嫉妬しました。
僕は彼女と成り代わりたいとさえ思いました。彼女が羨ましかった。彼女に成って、彼に愛されたいと思いました。
こんなドロドロとした気持ちをいつまでも抱え込んでいても仕方がありません。だから、僕は彼のことを諦め、彼の幸せを願うことに決めました。彼がその後輩の女子と上手くいくように願ったのです。

……僕は、他の人を好きになろうと思いました。できるなら異性を。そう思って暮らしていけば彼への想いも薄れていくと信じていたのです。
しかし、僕は、過ちを犯しました。
彼が恋い慕うその女子に、僕が告白されたのです。彼を想うなら断るべきでした。けれど僕は頷いてしまいました。
彼が僕を責めるような目で見るのが恐ろしくて、その日から僕は彼を避けました。彼はなんにも言いませんでした。
悔しいという思いもありました。羨ましいという思いもありました。自分を恋い慕ってくれているということに感動したことも事実です。
……僕は、彼にも彼女にも酷いことをしました。

以来、彼とは一切会話をしていません。大学生になり、逃げるように一人暮らしを始めたのもそのせいです。



ただ、誤解の無いように言っておきます。僕は貴女からの告白が嬉しくなかったわけではありません。純粋にとても嬉しかった。彼のことを自覚していなければ、愛していなければ、僕は迷わず貴女を愛していたでしょう。
図書室で彼を待つ間に一緒に他愛のない話をするのが好きでした。付き合い始めてから暗い顔をする僕も変わらず愛してくれた貴女が好きでした。それからずっと、一緒に居てくれた貴女が好きでした。

ただ、だからこそ中途半端な気持ちで貴女に応えた自分を、憎く思うのです。
彼を傷付けてしまった自分を、憎く思うのです。

……彼への思いは、本当にずいぶんと昔のものとなりました。きっと貴女が傍に居てくれたからでしょう。
有り難う。
ただ、一つだけ、我が儘を聞いてくれるなら。どうか彼に僕の死を伝えてください。僕が彼にしてしまったことを後悔していると、生きているうちに謝りたかったと、伝えてください。
……好きだったということは、どうか言わないでください。



   * * *


ええ、知っていました。
私はあの頃、ずっとあの人を見ていましたから。あの人の吐息さえ見逃さないように、じっと見つめていましたから。
あの人の視線の先が何処かなんて簡単に辿ることができました。あの人は何時だって貴方を見ていましたもの。
それでも私はあの人が好きで、無駄だとわかっていて話し掛けていました。他愛のない話をして、一緒に笑うことが何よりも幸せでした。
……あの人が貴方を好きなら、応援するしかないと思っていました。

貴方は臆病者でしたね。
私のことなんてちっとも好きじゃなかった癖に、あの人に私のことを好きだと言った。それも私に聞こえるように。
貴方は私があの人のことを好きだと知っていて、それを危惧した。私があの人に気持ちを伝えても、あの人がそれに応えられないように、自分の気持ちを偽った。
その上で私が貴方を好きになれば、どうにかできると思ったのですね。

結果、貴方は自分で自分の首を絞めた。
……私ね、本当に身を引くつもりでしたの。あの人が好きなのは貴方だったから。でも、貴方が臆病だったから。あの人を傷付けたから。
悩んで悩んで、とにかく想いだけは伝えてみようって思ったんです。そうしたらあの人は、先ほどの手紙の通り、応えてくれました。

私だって後悔しました。あの人と貴方の気持ちを知っていたのに、引き裂くような真似をしてしまいました。それでもあの人が好きでした。
貴方があの人にしたことも許せなかった。
それでもあの人が遠い目をすると、貴方のことを思い出しているのだと何とも言えない気持ちになりました。
手紙にはああ書いてありましたけど、あの人は女性の中で一番愛しているのは私で、人間の中で一番愛しているのはずっと貴方でした。悔しいけれど。
私の罪を、あの人に告白することはついにできなかった。
貴方に謝るつもりは無いけれど、私があの人に謝るのを聞いていってください。どうか。


   * * *


「…………」

幼なじみの、葬式があった。
高校の途中から言葉を交わさなくなったけれど、それまではずっと親友のようなものだった。
そして、俺が誰よりも好きだった人。

中学生の頃はあいつしかいない図書室に迎えに行くのが俺の仕事だった。俺だけがあいつの傍にいるつもりだった。
高校生になって、後輩の女子と話す姿を見るようになった。

女子からはよく告白された。何度か付き合ってもみた。付き合ってみてもどこか釈然としなくて別れた。
三人目で気付く。あいつと比べていたことに。


「…………だ」


後輩の女子があいつを好きだと気付いた時はぞっとした。だから好きだと言った。あいつは傷付いた顔をした。

ずっとずっと気にしていた。あいつがあの子を選んでからも。あいつが一人暮らしをして、あの子と同棲して、結婚して……一度も俺に連絡を寄越してくれたことはなかったけれど、親が教えてくれた。
ずっと、あいつのことばかり考えていた。けれど俺は臆病だったから会いに行くこともできなかった。


もしも時間が戻せるなら。あの時に戻りたい。それがダメなら数日前で良い。ただ、あいつに謝りたい。
そして今も好きだと伝えたい。



「――好きだ」



もう二度とこんな間違いを犯さないように。
生まれ変わったら、また君に会いたい。




‐END‐


ウロコボーイズさんに投稿してみました。お題は「告白」です。
告白は告白でも罪の告白になりました。

生まれ変わった彼等が出会う話を書いてみたい気もします。
後味悪くてすみません……来世の彼等は幸せになれるはず!



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