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もうひとつのはじまり [ 48/196 ]
泣いている、気がしたのだ。
夜の闇に今にも消え入りそうな一人の男を見つけた。たしか服部全蔵と言ったか。過去の記憶を呼び起こす桂を余所に全蔵は屋敷へ入っていく。
こんな夜中に何をしにいくのか。忍者の仕事だろうかと思いながら桂はそれを忘れることにした。
――二時間後
エリザベスの待つ家に帰るべく道を歩いていると、一寸先を歩く男の姿が目についた。全蔵だ。
まだこの辺りに居たのかと思いはしたが声をかける道理がない。なんとなく眺めた背中はやけに揺れている。
具合でも悪いのだろうか。
さすがに少し心配になる。だが声をかけたところで自分に何ができるだろうか。結局それは偽善にしかなり得ぬことなのに。
そもそも、理由がない。
そう踵を返しかけた桂の前で、全蔵は倒れた。
「おい、どうした」
それまで考えていたことを全て忘れ、彼の顔を覗き込む。ひどく青ざめた顔。
頬は叩かれた後のように赤くなっている。閉じられた目は、
泣いている、気がしたのだ
まさかと首を振る。そっと顔を近付けてみればそんなことはない。乾いた目元にはとても泣いた痕があるようには思えなかった。
ならば何故そんなことを思ってしまったのか。ほんの一瞬とはいえひどく強烈な思い込みだった。
そのまま置いていくことも何故か出来ず、桂は全蔵を連れて家路についた
全蔵はなかなか目を覚まさなかった。
一応布団に寝かせておきながら、桂はじっと彼の顔を見ている。その時はかれこれ二時間ほど過ぎていた頃だった。
ひどく静かに、まるで死人のように眠っている全蔵にはさすがに不安になった。二時間前、全蔵を拾った時の状況もまた不安の種だった。
あの後、突然倒れこんだ彼を、桂はどうにか家まで運んできた。終始彼はぐったりとして寝息さえ微かなもので、桂は時折彼の呼吸を確かめては安堵するということを繰り返していた。
気が付くと全蔵の額から異常なほど多量な汗が流れ、布団を濡らしていた。慌ててそばにあった布で拭いてやる。そうしているうちに全蔵の口からうめき声が漏れ始める。
夢にうなされてでもいるのだろうか。
そっと手を握ってやると幾分か楽になったのだろう。呼吸も正常に戻り、あとはまた死んだように眠り続けるばかりだ。
そっと手を離しても眠っている。
それから長い間、飽きもせずに全蔵の寝顔を眺めていた。だが十時間にもなると見かねたエリザベスが何処からともなくスッと現れた。
自分が見ているから食事でも取ってこいと言いたげに。
それならば蕎麦でも食べるか。すっかり根が生えた腰を上げ、徐に立ち上がる。
部屋を出る直前に、もう一度だけ全蔵を振り返った。
――その時
ぱちり、と全蔵の目が開いた。
これには桂も驚いた。…のだが、それよりも奇妙な安堵感が優先された。しかしその理由だけがわからない。
そんな困惑は表に一切出さずに、桂は口を開いていた。
何を話しているかも、よくわからなかった。
「アンタら、何で俺を連れて来たんだ?アンタらには関係ないだろ」
そんなこと、こっちが知りたかった。
気がつけば全蔵は立ち上がりこちらに近づいてきていた。しかし、その足取りはやけに頼りなく、ふらついている。
腰を庇うようなその歩に違和感を感じる。
気がつくな、と警報音が鳴る。
全蔵の片頬はうっすらと赤くなり、まるで誰かに打たれた痕のようなものが残っていた。
そして表面には出さない、苦しそうな表情。
――泣き出しそうに見えたのは
桂の気のせいなどではなかったのだろうか。そんなことを考える一方で口はああ、などと奇妙な答えを返す。エリザベスを部屋から出させる。
確かめてどうにかなるわけではない。寧ろ、知らないままでいる方がいいのではないか。
桂がそれを確かめる理由などどこにもない。
だが、それでも体は勝手に全蔵を布団へと押し倒した。
下肢から衣類を奪い、露にした其処には、
白と、赤
「やめっ!!」
泣きそうな声で叫ぶ全蔵に、口はひどく冷静に言葉を紡いだ。
「男と付き合っているのか?」
「そんな酷い目に遭って、それでも付き合っているのか?」
頬を叩かれて、乱暴に犯されて、それで倒れてしまっても付き合い続けたいと思うほど好きなのだろうか。
自分なら、泣かせはしないのに。泣かせたくなどないのに。裏表もなく笑っている顔がこの男にはひどく似合うだろうから。
彼に自嘲の笑みなど、決して似合わないというのに。
感情が渦を巻く。胸が痛んだ。
「好きだ」
口に出して、ああこんな簡単なことだったのかと気づく。
何故全蔵を拾ったのか。放っておけなかったからだ。泣き出しそうなその顔を見、一人で泣かせたくないと思ってしまったからだ。
全蔵が目を覚ますまでの長い間、ずっと待っていたのはこのためだったのだ。悪夢に魘されるなら助けたかった。
きっかけは何だろうか
エリザベスを攫われた(本当は違ったのだが)ことか
「俺なら、そんな暴力は振るわない」
そんなことはどうでもよく、ただ自分のものにしたかった。そんな独占欲が渦巻いてどうしようもなくなる。
しかし、全蔵の腕は桂の体を押しのけた。
桂は、そのまま衣服をろくに整えもせずに飛び出していく彼を見ながら固まっていた。
動けなかった。
――拒絶は怖い
もう会うこともないだろうか。そう思いながら畳に寝転んで天井を眺める。
会わないならその方がいいに違いない。だが、どうだろうか。この世は狭い。
もしもまた出会ったら、自分はどんな反応をすればいいのだろう。
―END―
よくよく考えると(考えるまでもなく)矛盾だらけのお話ですみません;
しかもなんか重い…
捏造とかも考えたんで次の場面になったら入ってくるかもしれません。捏造大好き(殴)
半分くらいは学校で(休み時間ですちゃんと)書いてそれを家で打ってました
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