施設を出るときに支給されたお金で、安いシェハウスを借りた。
私には施設を出ても迎えに来てくれる人がいなくて、お母さんも行方不明だった。施設での生活に酷く疲れていたから、しばらくは働かずに眠っていようと思っていた。許されるならそのままずーっと眠っていようと。
たぶん、一生分の生きる力を使ったと思う。あの生活を思い出すだけで、身体も心もどっと疲れて、息をすることさえ億劫になる。
大昔にヨルビアン大陸で流行した魔女狩りのように、人は自分が理解できないものを恐れ、弾き、悪に仕立てる。
施設での私は悪だった。悪は粛清される以外に道はない。みんなと同じように正しく生きるしかなかった。
行くあてもなく、浮浪者のように街をうろうろしていると、シェアハウスの張り紙を見つけた。外で寝ても良かったけど、雨風をしのぐなら屋根があった方が良い。携帯は持っていないから公衆電話から電話をかけた。
保証人も敷金・礼金も必要ないシェハウスは金額相応の粗雑な作りだった。シェアハウスというより刑務所みたいな。そこには私のように訳ありの人が多くいたと思う。住んでいる人と話したことがないから実際はどうだったか分からないけど、そこにいる人たちは私と同じ匂いがした。生きることに疲れていて、半分、死んでいる。
何かを食べる以外ほとんど眠って過ごした。
二段ベッドにはそれぞれ薄いカーテンと固いマットが備え付けてあって、私は下の部屋でカーテンを閉ざして過ごした。
上の部屋には女の人が住んでいる。ときどき彼女の艶やかな声が聞こえきた。
ミシミシ音を立てるベッド、男の荒い息遣い。もし今、このベッドの底が抜け落ちたら、上でセックスをしている二人は私の事なんか気にせずに情事を続けてくれるかなぁ。そんなことを考えながら、私は二人のセックスの音を聞いていた。
一度セックスがはじまると、ハウスの中はいつも以上に静まり返った。
自分を慰めている者の音、あおくさい匂い。全てが混ざり合ってハウスは急激に生を放つ。みんな生きている。
精液の匂いの中で私は目を閉じた。
「ごめんね、ごめんね」
甘ったるい砂糖菓子みたいなお母さんの声が聞こえる。
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