ひやっとした空気に、自分の腕を抱えて縮こまった。こんなに寒くなるなんて聞いていない、昨日まで半袖で過ごせるくらいに暖かかったのに。
半袖の白いシャツは列車で過ごす分にはマシだけど、外を歩くにはとても厳しい。薄手のカーディガンを持ってきたけど防寒対策にしては装備が甘い。
恨めしい気持ちで、窓の外を睨みつける。
そろそろ目的地に着こうとしている列車からは、薄ピンクの道が見えた。川を沿うようにして、どこまでもどこまでも続いている。風がさあっと吹くたびに、雪のように花びらが舞っていた。くるくるくるくる。愛らしい踊り子たちが目覚めの季節を喜んでいる。
「ねぇクラピカ、列車下りたら、あそこ歩いてみようよ」
私は窓の外を指さした。桜並木の途中には食べ物を売っている屋台も出ているようだ。
「その前に街へ寄って上着が先だ」
「あ、そうだった」
「寒い寒いと言っていながら、上着の事を忘れていたのか」
「だって、忘れるくらいに桜が綺麗だったから」
私は、ほら、と自分の身体を少し後ろへ引いた。
「……なるほど」
「ね? 早く近くで見てみたいって思うでしょ?」
「そうだな。桜にはしゃぐナナミの姿を見てみたい」
「その時はクラピカも一緒にはしゃいでいるから、大丈夫だよ」
「お前の未来予知は恐ろしいな」
「未来予知じゃないけど、そういう使いた方もアリかも」
そうこうしているうちに、列車が止まった。開いた扉から冷たい風が流れ込む。
荷物を纏めて降りて行く乗客たちが、口を揃えて「寒っ!」と叫んでいる様子が面白くて頬が緩む。
「どうした?」
私の顔を覗いて、クラピカが言った。
「みんなが寒い寒いって言いながら降りていくの、面白いなって」
クラピカは開かれた扉に目を向けた。ちょうど一組の男女が降りる所だった。大きなトランクケースを男性の方が引っ張っている。女性は私と同じくらいに薄着だった。しかしどちらかというと夏の装いである。
女性のスニーカーがホームを踏んだ。「うわっ、さむっ!」案の定出てきたお決まりのセリフに、私はふふふっと声を漏らす。後を追った男性が「あー、さむ。寒の戻りだなぁ」と言いながら、スーツケースを持ち上げていた。
二人が去って行って、クラピカは立ち上がった。
「降りよう」
「うん」
荷物はない。今回は日帰りだ。クラピカの仕事が一日丸々お休みになっただけ奇跡に近い。
クラピカは私に掌を向けた。私はその手を取って立ち上がる。こういうさりげない所で彼は紳士だ。レディーファーストのように私は先を歩かされた。扉をくぐるときに「寒い」と言うべきか、もし言ったらクラピカはどんな反応をするか、悪巧みを企てる子供みたいにしていると、不意に肩に重みを感じて、私はピタッと止まった。
クラピカのジャケットだった。
「預かっててくれないか。少し暑くて」
「……ありがとう」
温もりが残るジャケットに袖を通す。クラピカの香りが鼻腔をふんわり擽る。
ホームに降りると、やっぱり外の空気は冷たかった。
でも「寒い」と言うには身体が熱くなりすぎていて、企みは失敗に終わった。