決して嘘はつかない。
それが、坊っちゃんと交わした契約のひとつ。
その通りに、セバスチャンは嘘はつかない。ただ、すべての真実を告げるわけでもない。
セバスチャンが情にほだされた、と言うのは嘘ではない。彼女の一途に婚約者を慕う心と、そのためなら血にまみれることも厭わぬ姿に、人間の面白さを改めて思い出した。
シエルがエリザベスを大事に思っていることは見ていればわかる。けれどふと、思ったのだ。
──嗚呼。ためらうことなく光に背を向け、気高い歩調で奈落へ突き進むその姿の、なんと美しく、愚かしいことか。
それは偽物の伯爵だったシエルが、本物のファントムハイヴ伯爵となった特別叙勲式の日に思ったこと。
──絶望で飾られた王冠を戴く時、あなたの魂はきっと……滴るほどに美味だろう。
その想いは、いまも変わらない。
だからふと、思ったのだ。
復讐を遂げ、エリザベスと幸せな人生を終える時。幸せだったからこそ、その魂が抱く絶望はいまの比ではないだろう。彼はいま、最大の目的であった復讐に勝ってしまった。
それよりも。
悪魔は嗤う。
「ねえ、セバスチャン」
主の新妻は、聡い。セバスチャンの目論見など見抜いている。
「あたし、負けないわ」
セバスチャンとエリザベスだけに通じる言葉に、セバスチャンはただ、笑みを深めた。
──最高の幸せをつかんだ魂を、死の間際に絶望に引きずり込むとき、その魂は、いままで味わった魂の中でもひときわ美味だろう。
嗚呼、最高に楽しみだ。
2017.2.25