03、



 う、とか、あ、とか言って動揺するミカサを、リヴァイは少々意地悪く見つめた。口許には笑みをたたえて。
 それがまたミカサの動揺を誘うらしく、ミカサはしきりにカップをいじりながら、ちらちらとリヴァイを窺っている。そんなところもかわいらしく、我ながら重症だと思う。
「……本当に……?」
「俺はこんな冗談は言わん。──俺は、お前に惚れている」
 ミカサが息を詰めたのがわかった。きっといま、何が起こっているのか、どう答えればいいのかで頭の中は大混乱だろう。
 いきなりすぎた自覚は充分ある。それでも、リヴァイは決めたのだ。全力を尽くすことを。
 リヴァイは、エルヴィンと一緒に暮らしている。出社先は同じだし、経済的にもいいじゃないかとボンボンのくせしてのたまうエルヴィンをはねのけるのも面倒で、スミスの持ち家のひとつに住んでいる。そもそも持ち家ってなんだ。経済的にどうこうとか、言ってることが矛盾してるじゃねえか。
 あの日、朝帰りしたリヴァイを、エルヴィンはにやけ面で待ち構えていた。
「朝帰りとは、お前もやるな」
「……馬鹿言え、そんなわけあるか」
 言いつつ、自分の台詞に説得力がないことは百も承知だった。
 前日、リヴァイがめずらしく外出先から直帰の予定だったことを、上司であり、同居人であるエルヴィンは知っている。おまけにいままで無断で外泊したこともなかったから、何かあったのは一目瞭然であろう。さぁ聞こうじゃないかとばかりに紅茶を薦めてくるエルヴィンにリヴァイはため息をつき、観念した。エレンを捜すために、どのみちスミスのコネクションを利用させてもらおうと思っていた。説明は必要だろう。
 ミカサのいる部屋ではとてもじゃないがシャワーを浴びることなどできなかったので、シャワーを浴びてから紅茶を淹れ直し、リヴァイはようやくエルヴィンの前に腰を落ち着けた。
「ミカサに会った」
「ほう。それは良いことを聞いた」
「で、だ。スミスのコネを貸せ」
 回りくどいのはリヴァイの趣味ではない。さくっと本題に入る。説明をはしょりすぎだが、エルヴィンなら理解する。これだけで理解できないようなかわいげはこの男にはない。案の定、リヴァイの意図をエルヴィンは即座に察した。
「それはもちろん構わないが……いつも言っているだろう、リヴァイ。お前もスミスの人間なのだから、スミスのコネは好きに使って構わないと」
「……そうだったな」
 エルヴィンの気遣いはありがたいことだろうし、リヴァイを受け入れてくれたスミスの両親には感謝もしている。だが、それとこれとは、というやつだ。どうしたってリヴァイは『リヴァイ・アッカーマン』を隣に感じている。自分がスミスだということに慣れないのだ。
「すぐに手配はするが……しかし、本当にエレンを見つけて、お前はそれでいいのか?」
「何がだ」
 エルヴィンの確認に深く考えず、反射で返した。そんなリヴァイにエルヴィンは淡々と、とんでもないことを言ってくれた。
「お前は、ミカサが好きだったろう」
「──ッ!?」
 ちょうど飲んだ紅茶が気管に入って、げほごほと咳き込む。ぜいぜいと息を荒げるリヴァイを見て、エルヴィンは意外そうに首を傾げた。
「違うのか? おかしいな、ハンジとも意見は一致していたし、てっきりそうだと思っていたんだが」
「……なんだ、そりゃ」
 本当に、なんなんだ、それは。
 ハンジとは今生会えていないから、エルヴィンの言うハンジとはあの頃のハンジのことだ。しかしそれでは、エルヴィンもハンジも知っていたというのか。リヴァイが昨夜自覚したばかりの感情を。
 そんなリヴァイの考えを読み取ったのだろう、エルヴィンが話し出す。
「お前にとって、ミカサは初めて得た理解者だったろう。共感者と言ってもいい。お前はよくミカサを構っていたし、ほかの人間より、ミカサには一歩踏み込んでいたように私たちには見えていた。部下は平等に扱おうとしていたお前がだ。それだけで充分に彼女はお前にとって特別な証だと思っていた。……自覚していなかったのか」
 リヴァイは顔を覆った。ああしていなかったとも。まったく、これっぽっちも。
「ミカサがエレンと結婚したときは、ふたりの幸せを祝福する反面、お前を励ます会も必要だろうかとハンジと話し合っていたほどだ。忙しくて、結局はそれどころじゃなかったが……」
 なんだそれ。実行されなくてよかった。
「違ったのなら、それはそれで別に構わないが」
「……ねぇよ」
「ん?」
「……違わねぇよ……」
 リヴァイは肯定した。気恥ずかしさに視線は逸らして。
「そうか」
 エルヴィンは頷いて、至極真面目くさった顔でのたまう。
「お前が心から想う相手を見つけられたことを、私は喜ばしく思う。だからもう一度聞く。エレンを見つけて、お前は本当に、それでいいのか?」
 リヴァイはすぐには答えず、考えるようにカップを揺らした。琥珀色の水面に映る自分の顔を眺めながら、ぽつぽつとこぼす。
「……あいつはずっとひとりだった。俺にはお前がいたが……ミカサはずっとひとりだったんだ。ミカサの性格からして、これまで、エレンに会う、それだけを支えに生きてきたに違いねぇ。たったひとりで、あいつはエレンを捜し続けてるんだ」
 結婚式で、ホテルのベッドで見た、ミカサの笑顔を思い出す。
「俺はあいつの笑顔に惚れてた。世界一綺麗な笑顔だ。ミカサにあんな顔させられんのは、世界中でエレンだけだろうよ。……だから見つけてやりてぇ」
 エルヴィンは唇をゆるめた。
「……お前はいい男だな」
「そうかよ」
「……なぁ、リヴァイ。私は、自分のことを善人だと思ったことはないよ。いつだって人のためを思っているかのように振る舞ってはいるし、そういう立場でもあるが、実際は自分本意な人間だ」
「ああ? そりゃ、人間なんだからそんなもんだろ。誰でもそうだ」
 リヴァイの言葉を慰めと思ったのか、エルヴィンはありがとう、と笑った。
「だから私は私のために、お前に幸せになってほしいと思っている。お前は私の大切な部下で、かわいい義弟だ。誰かと愛し愛され、人並み以上の幸せを手にいれてほしいと願っている。そしてその相手にはミカサがふさわしい──そう、思う」
 ぴくりとリヴァイの眉が上がる。
「お前と同じものを見、感じることができる子だ。ましてやお前の初恋だろう? 初恋は実らないなんて、そんなセオリーは壊してしまえ。ミカサを、手放すな」
「……なに……言ってやがる……」
 初恋がどうこうとかは無視する。エルヴィン、お前は俺に。
「ミカサを、エレンから奪えってのか」
「違う、とは言えないな。そうだ、と言おう」
 エルヴィンは指を組んで、深く頷いた。
「エレンには感謝しているよ。彼のおかげで人類のいまがあるのだからね。だがそれは過去の話で、現在の話じゃない。リヴァイ、いまお前かエレンを選べと言われたら、私はお前を選ぶ」
 リヴァイはまじまじとエルヴィンを見返した。自分は、思っていた以上に家族として愛されていたらしい。
「ミカサはまだ、エレンのものではない。確かにふたりが再会すればおのずとそうなるだろうが、再会するまではお前にもチャンスがある。お前にとってミカサが理解者であり共感者であったということは、反対もまたありうることだ」
 まるで、甘い毒をそそがれているようだ。その毒は身体の奥底に沈殿していく。
「……ろくでもねぇな」
 吐き捨てたのは、エルヴィンと自分双方に対してだ。リヴァイは、エルヴィンの話に心惹かれている。
「ろくでもなくて結構」
 エルヴィンはその美声で、はっきりと言いきった。
「リヴァイ、お前は思わないのか? ミカサを、自分が世界一綺麗な女性にしてやりたいと」
 それはもちろん──思わないわけがない。あの笑顔が『エレン』にではなく『リヴァイ』に向けられたなら、それはどんなにか幸せなことだろう。
「何もミカサの意思を無下にしようというわけじゃない。人の心は変わる……変えられるものだ」
 ──ガタンと、心が傾いた。
「は、いいぜ、エルヴィン。お前にそそのかされてやる」
 リヴァイは唇を釣り上げた。
 エレンは捜す。ミカサのためだ。全力を尽くす。それは自由の翼に誓おう。けれどそれまでの間、ミカサの時間は俺がもらう。そしてその間に、ミカサの心をリヴァイに向けさせたい。
 期限はエレンを見つけるまで。
 リヴァイは手を伸ばして、ミカサの手を握った。びくりとミカサの肩が跳ねる。しかし、振り払われはしなかった。単にびっくりしすぎて動けないだけかもしれないが、少しは可能性があるのだと思いたい。
「エレンが見つかって、あいつもお前が好きなのなら、俺は潔く身を引く。今度もお前たちを祝福してやるよ。だが、それまでは全力でお前を落としにかかるから覚悟しとけ。まずは互いを知るために、デートでもするか」
「……兵、ちょ」
 リヴァイは笑った。努めて優しく笑ったつもりだったが、のちにミカサに「獲物を狙い定めた獣のようでした」と言われることになる目で。
「──人類最強の本気、なめるなよ?」



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