「いってきます」
スニーカーの紐を結びながら母親にそう告げた。
今日は日曜日でサッカー部の練習が無い。こういった日は必ず朝にジョギングする。願うことなら毎日したいけれど、朝練があるので中々叶わない。せめて暇な休日くらいは走っていたいのだ。
準備が出来ていざ走ろうとしたとき、タイミングを見計らったかのように携帯電話が軽快なメロディを奏でた。大体相手は予想できる、あの3人組の誰かが暇で寄越したのだろう。だがディスプレイに映った差出人の名前は予想を軽く超えていた。
「…え、円堂さん!?」
思わず携帯電話を落としそうになったのを慌てて持ち直す。まさかこんな時間に来るとは思わなかった。割りと朝起きなのだろうか。そんなことを知るだけで少し嬉しい。
肝心のメールは「特に意味は無いんだけど、風丸はサッカーしてるのか?」という内容だった。あまりに唐突な話題ではあるが「してますよ。サッカー部でDFしてます」と返して置いた。
さて、一悶着あったけれど深呼吸をして携帯電話をポケットにしまい、走り出した。
リズミカルな息の音を感じれるほどに静かな河川敷を走って行く。ちらりと小さなサッカーコートを見ると誰かが一人で練習していた。多分背丈的には俺と同じくらいだ。朝から元気だなあ、と思いながら見ていると蹴る方向を間違えたのかこちらへ飛んできた。俺は思わずボールを胸で受け止めた。勢いの無くなったボールは電池が切れたロボットのようにぽとりと落下した。
「わー!ごめんなさい!」
一目で「元気」という印象付けられる明るい茶髪の少年がこちらへ駆け寄ってきた。ジャージを見る限りこの近くの中学生だ。俺は「気をつけろよ」と苦笑しながらボールを手渡した。少年は素直に謝ってボールを受け取ったが、そわそわしてそのまま立ち尽くしたままだ。トイレに行きたいのか?と失礼なことを思いながらじっと見ていると少年は目を輝かせながら俺の顔を見た。なんだ、こいつ。
「あの!サッカーやってるんですか!?」
「え…はい、まあ」
「さっきすごかったです!瞬時にボールに反応してて!その…良かったら一緒にサッカーしませんか?」
俺はこの少年があまりにも不思議なことを言うので口が半開きになってしまった。新たなナンパか?そのうち奥から笑いがこみ上げ、ついには吹き出してしまった。少年は何が起こっているのかわからないという顔で首を傾げた。
「おう、やろうぜ。俺は風丸一郎太、中学二年生だ。よろしく」
「あっ…松風天馬です!中学一年生です、よろしくお願いします」
明るい笑顔で俺の手を暖かく包んだ。不思議な少年、だ。
それから俺たちはずっと特訓をしていた。松風は一年生だというのに技術は確かで、俺も気が抜けないなあ、と思いながらボールを追いかけた。
一回休憩しようと言ってベンチに座り、持っていたスポーツドリンクで喉を潤した。するとまた見計らったように携帯電話が鳴った。円堂さんからだ。胸を高鳴らせながらメールを見ると「わかった!また後でメールする!」という内容だった。返信しようか迷ったが「わかりました」と簡潔なメールを送った。
メールを送ったあとに松風を見るとまた輝いた瞳でこちらを見ていた。「なんだ?」と思わず声をかける。
「あの…もし良かったらメールアドレス交換しませんか?」
おずおずといった態度で聞いてきたもんだから松風が可愛い後輩のように見えた。いや、年齢的には後輩なのだけれど。
二つ返事で了承し、まだ数えるくらいしか使ってない赤外線でメールアドレスを交換した。
それから俺は松風から最近新しい監督が来たことを聞いた。松風が言うにはすごい選手だったらしく、今でも憧れらしい。
「それでね!すっごく優しいし、かっこいいし、とにかくすごいんだ!」
「へえ…なんて名前の監督なんだ?」
「えっと…あれ?神童先輩と霧野先輩?」
「先輩?」
「俺のひとつ上の先輩なんです。おーい!」
松風は河川敷を歩く2人組に手を振った。まるで女の子のような風貌の2人はこちらに向かって歩み寄って来る。
そういえば監督の名前きけなかったな。まあ、また聞く機会はあるだろう。そう思いながら携帯電話をポケットに仕舞った。