不思議な君
今日もいい天気だ。気持ちのいい朝に、心地いい陽射しは欠かせない。今日は目覚めも良いほうだし、寝癖も少ない方だ。今日はきっといいことがあるはず。
こいつさえ、いなければ。
「円堂!起きろー!!」
「うー…あと5時間…」
「もう少し寝かせて」レベルじゃない。仕方ないので円堂が頭まで被っている布団を無理矢理剥がした。「ぎゃー!寒い寒い寒い!」そう言いながら布団を奪い取ろうとするが、空いてる方の手で円堂の頭を押さえつける。なんでこいつの子守なんかしなくちゃいけないんだ…。
朝から、頭痛が酷い。
「風丸、起こしてくれてありがとうな」
「そのわりにはめっちゃ嫌がってたけどな」
結局あのあとしばらくぐずってたので襟を掴んでここ、食堂まで引っ張ってきた。俺はこいつのお母さんか。
俺は、この円堂と同じ部屋で生活を共にすることになった。本来なら特別階級生はこの寮に入ることすら禁止されているのだが、円堂はどうも特別らしい。そして同じ部屋に居た奴が別の部屋に移されたらしい。可哀想に。
それにしても本当にずっと守るつもりなのだろうか、俺を。何度も襲われるか定かでもないのに。でもこいつにもこいつなりに何か事情があるのだ。恋人の代わりは、多分俺にしか務まらないのだろう。
「風丸つめてー」
「お前のせいだろうが…」
「俺のせいなの?」
こいつぶん殴ってやりたい。
「それは楽し…大変そうだね」
「お前今楽しそうって言おうとしただろ」
睨むと、緑川は困った笑顔で話をそらした。「帰り、円堂くんと帰るんでしょ?」…まあそうなるのだろうか。今日は別に外が暗いわけでもないし大丈夫だとは思うのだが。と、思っているうちに教室に来てしまうのが円堂だけれど。
「風丸ー!!」
「本当に来たか…ちょっと待ってろ!」
「じゃあ風丸、俺はヒロトと帰るね」
そういえば緑川は特別階級生の中でも一際華やかな容姿を持つ、基山ヒロトと仲がいいらしい。たまに一緒に帰るのを見たことがある。
俺は緑川と別れて円堂の元へ向かった。「行こうぜ」円堂はへらっと顔を綻ばせながら言った。円堂は、なんでここまで俺に懐いているのだろうか。
「風丸はさ、あんまり笑わないよね」
「お前がへらへら笑いすぎなんだよ」
「えーそうかな?風丸、笑ったほうが可愛いと思う」
思わずずっこけそうになった。それ、普通は男が女に言う台詞だと思う。やめろ、顔よ赤くなるな。しかも当の本人はワザとじゃないらしく、きょとんとした顔をしている。かなりの天然らしい。
「…それ、嬉しくないんだけど」
「えっ!?なーんだ、笑うと思ったのに」
別に笑わないわけじゃないけど、円堂がそういうことを言ったり、ふざけたりしてるからだと思う。と、言おうとしたけど言ったらまた煩くなるので言わないことにした。
生徒用玄関に着き、外履を取り出す。そういえば円堂は校舎が違うんだった。一応繋がってはいるけど、玄関が真逆の位置にある。円堂は一回外に出てからこっちに来たらしい。そんなことしないで外で待ってれば良かったのに。そんなことを言うと「少しでも長く過ごしたいしな」と真顔で返された。なんなんだこいつ、さっきから。全然嬉しくもないのに、顔が火を噴いているように熱い。わかってる、ボディーガード的な意味で言ったんだろう。変な勘違いはやめよう、と自分に言い聞かせる。
「苦でもないからさ、気にすんなよ」
「…ああ、わかった」
「あー腹減ったな。アイス食べに行こうぜ!あっアイス大丈夫か?」
「大丈夫だけど。円堂好きなのか?」
「それなりに。でも一番は風丸のこと色々知りたいから」
円堂は、本当に何なのだろう。よく俺のことを見てくるし、俺を揺さぶるような言葉をかけてくる。正直、何を考えているかわからない。不思議だ…。優しく吹いた風が、円堂の栗色の髪の毛を揺らした。思わず、見惚れてしまいそうになる。
「わーうまそー!風丸、何食べる?」
「どうしようかな…」
アイスといっても、コンビニで売っている安いアイスだ。だが円堂の目はきらきらと輝いている。まるで宝石箱を見ている少年のようだ。本当に、不思議なやつだ。
コンビニを出て、すぐに袋を開けて食べ始める。美味しそうに食べる横顔を、ひそかに見つめる。すると目線に気付いたのか、円堂はこちらを向いて来た。別にやましいわけでもないのだが、条件反射で前に向き直る。
「俺、風丸に昔会ったような気がするんだよね」
「…俺はないけど」
「そっか。じゃあ俺が一方的に見たのかも」
単に俺が覚えてないだけかもしれないけど。しゃりしゃりと、アイスをかじる音と車の音が空間を支配している。俺たちの間には、沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、円堂だった。名前を呼ばれたので振り向くと、すまなそうな顔をしていた。円堂、俺に何かいたずらでもしたのだろうか。
この頃から、不思議な円堂のことが気になっていた。
「ごめん」
俺は、このときまだこの言葉の意味がわからなかった。
「なんのこと?」と聞いたら、「なんでもない」と、またいつもの笑顔で言われた。