文化祭1日目
『やっぱり。あなたあの時の子だったのね』
『ほら、10年前の…もしかして覚えてないの?』
俺はこの前訪れたあの工藤冬花から聞かされた言葉について考えていた。
10年前?つまり俺が6歳のとき…何があったかも思い出せない。10年も前のことだ。全く覚えていない。俺はまるで喉に魚の小骨が引っ掛かったような違和感を覚えていた。
「風丸!なにぼーっとしてんだよ」
「うわっ!…驚かすなよ、緑川」
夏休みが終わり、二学期を迎えた。9月ということもあり、ようやく暑い時期を終え秋本番となってくるはずなのだが、まだまだ残暑厳しい、といったところだ。学ランをタンスから出すにはまだまだ早いようだ。
前置きはともかく。
俺たちは夏休みが終わるや否や10月の始めにある文化祭の準備に追われていた。準備期間が一ヶ月って短いだろ…と心の中で不満を言いながら大急ぎで準備をする。ちなみに俺たちのクラスはこれまたオーソドックスに「おばけ屋敷」だ。しかも結構本格的になりそうだ。
ついに文化祭開催1週間前を迎えた俺たちは大急ぎで作業をしているのだが、男子校なため不器用なやつがほとんどだ。それでもなんとか間に合いそうだ。
「そういえば風丸は何役だっけ?」
「俺は幽霊役」
ちなみに妙に凝っていて、ストーリーと設定がちゃんとある。廃病院という設定で、この廃病院は呪われてるだとか幽霊が出るだとか、ありきたりなストーリーだがその方が臨場感が出るらしい。
「俺も幽霊役だよ。風丸女装しないのー?」
「女装というか、髪ほどいて貞子みたいにしろって言われた」
「あはは、それ俺も言われた」
そんなくだらない雑談をしながら作業をしていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。そちらを振り返ると、なんと笑顔の円堂が俺に手を振っていた。俺は急いで駆け寄る。
「なんでこっちの棟来てるんだよお前」
「いーじゃん俺害ないし」
「そういう問題じゃねーだろ。自分のクラスは?」
「結構進んでるよ。まあ飾り付けとか仕込みは当日だしな」
ちなみに円堂のクラスは喫茶店をやるらしい。しかもちゃんとウェイターの制服を用意するそうだ。やはり私立ということもあり、俺が想像していたものよりも本格的な文化祭になりそうでわくわくしている。最初はお祭りごととかは俺の性分には合わないと思っていたが、なんだかんだ楽しみにしている。
「そうだ風丸!当日一緒に回ろうぜ!」
「良いけど、シフトとか大丈夫なのか?」
「死ぬ気で合わせる!あ、そろそろ怒られるから、またな!」
嵐のようにやってきた彼はまた嵐のように去って行った。大丈夫なのだろうか。
そうして俺たちは一生懸命文化祭の準備に打ち込んだ。そのせいか一ヶ月は一瞬のように過ぎ去り、ついに文化祭当日がやってきたのだった。
「うわー風丸患者服似合うね!」
「それ褒め言葉か?」
教室は暗幕で締め切っているので夜のように暗い。しかも迷路のように仕切られているのでいつもは広い教室も狭く感じる。そんな中で俺と緑川はそれぞれ配置についていた。
この文化祭では一般人も含めて投票を行い、人気店を決めるそうだ。ちなみに普通科、特進科と別になっているので優勝を狙えないことはない、とどのクラスも躍起になっている。もちろん俺たちのクラスも例外ではなく、むしろ一段と張り切っているようだ。そんな雰囲気も俺は嫌いではない。ちなみに緑川はこのクラスで一番張り切っている。
そんなかいもあり、お化け屋敷は大繁盛。息をつく暇もないくらい人はやってきて、あの緑川ですらも口数が減ってきてしまった。意外とお化け屋敷は体力を使うようだ。
三時間ほどしたとき、やっと交代の時間が回ってきた。俺たちはぐったりした様子で教室を出る。並んでた人たちが俺たちを見てギョッとしていた。
「いやー疲れたね!おばけ役って大変」
「そうだな。緑川は迫真の演技でこっちが笑いそうになったけど」
緑川はノリノリでおばけ役をやっていて、悲鳴が後を絶たなかった。緑川と同じ配置で良かったとしみじみ思う。
顔の特殊メイクを水で落とし、制服に着替えようとしたとき遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと円堂とヒロトがウェイター姿でこっちに駆け寄っているのが見えた。いつもと違う姿に俺は少しどきりとする。
「お待たせ風丸!お化け屋敷どうだった?」
「大繁盛だったよ。そっちは?」
「俺のとこも!なあなあ、この姿似合うか?」
へへーん、と笑いながらウェイターの制服を見せびらかす。正直かっこいいのだが、それを素直に言うのは恥ずかしいので「まあまあ」と言っておく。案の定円堂はがくっと項垂れた。いつまでも素直になれないのは俺の悪い所だ。反省もしている、改善もしようとしている、しかし中々難しい。素直に気持ちを伝えられるようになるにはまだまだ先のようだ。
そんなことを考えているうちに、円堂は既に気を取り直していて俺のことをじっと見ていた。
「な、なんだよ…」
「似合うな!患者服!」
「…それ褒め言葉か?」
またまた褒め言葉かどうかわからない言葉をかけられてしまった。患者服が似合ってもあまり嬉しくはない。
「とりあえず早く回ろうぜ!」そう言って円堂は俺の手を引っ張って廊下を走り出した。
「待て待て!着替えてないぞ俺!」
「いーじゃんいーじゃん宣伝ってことで」
「なんだよそれ!」
全く強引だ。そういえば緑川とヒロトはどうするんだ?と思い後ろを振り返ると二人は笑いながらこちらに手を振っていた。あっちはあっちで回るらしい。俺は円堂の気の済むまま連れてかれることにした。
「すげー!本格的!」
俺たちは校舎を出て外の出店のほうへ向かった。外の出店は主に食べ物関連で、よく夏祭りとかで見るたこ焼き、フランクフルトなどが見られる。ちょっと待ってろよ、と言われたので素直に待っているとたこ焼き二つを手にすぐ戻ってきた。
「ほら、買ってきたから食べようぜ!」
「あ…ありがとな。あっお金は」
「そんなんいいって!奢らせてくれよ」
俺は申し訳なさも感じつつ優しさに少し胸が高鳴る。お礼を言いながら熱々のたこ焼きを受け取った。パックに6つのまるまるとしたたこ焼きが入っていて、見た目は文化祭のクオリティとは思えないほど美味しそうだ。
「食べ歩きするか」という結論になり、俺たちは歩きだした。外では生徒のコントをやっていたり、体育館ではバンド演奏をやっていたりと、様々だ。
てくてくとたこ焼きを頬張りながら歩いていると円堂がふと口を開いた。
「こうやって二人で過ごすの、久しぶりだな」
「えっ部屋で過ごしてるだろ」
「じゃなくて!二人でこうやって歩くというか…最近忙しかったからな。幼馴染が来たり、文化祭の準備だったり」
確かに忙しかった。こうやって二人で並んで歩くのはわりと久しぶりかもしれない。幼馴染…久遠さんが来たときは完全に円堂取られてたし、最近は文化祭の準備やらで登下校も別々だった。それぞれやることが違ったから。
「ーー俺、風丸のこと好きだ」
突然言われたもので、俺は思わず足を止めてしまった。顔が熱くなる。でも円堂の眼も俺の顔ぐらい熱っぽかった。
「言ったよなこの前、怖いって。俺も同じだよ。でも好きなんだ、この気持ちは変われない」
円堂なりに気にしていたんだ。あのときのことを思い出すと目頭が熱くなってくる。
離れていってしまうと思ったんだ、円堂が。本当は出会うはずのない存在なのに、交わることのない存在だったのに。
どうして俺たちは今隣同士に居るのだろう。
ああ、やっぱり。
俺は眼から溢れ出してきたものを手の甲で拭った。どうしても円堂のことになると涙腺が弱くなる。
円堂の手が俺の頬に触れ、そっと優しく涙を拭った。
「風丸。明日の後夜祭のフォークダンス、俺と踊ってください」
文化祭2日目の夜、後夜祭でフォークダンスを踊るらしい。もちろんあれは男女ペア。男女に分かれて輪になり、どんどん相手を交代していくものだ。同性の上にずっと特定の奴とは踊れない。そのことを言ったらにかりと円堂が笑った。久しぶりにこの笑顔を見た気がする。
「抜け出して教室とかで踊ればいーじゃん!」
「…相変わらず発想が大胆だな」
俺たちは後夜祭の直前に俺のクラスで落ち合うことを約束し、再び歩き出した。
それからというもの、次のシフトの時間まで他のクラスや部活の展示物を見回った。どれも高校の文化祭とは思えないほどレベルが高かった。
それからそれぞれまたシフトの時間が来たので、クラスへと向かった。
へとへとの身体に鞭を打ち、最後の時間まで精一杯働いた。寮に帰ると円堂はベッドで口を豪快に開けて寝ていた。俺はくすりと笑い、同じようにベッドに横たわった。
「…明日も楽しみだな」
そう呟いて俺は眼を閉じた。