恋とは苦しいものである
「え、じゃあさっきのやつも…聞いてた?」
「…ごめん」
気まずいので俺は目を伏せた。怒られるか呆れられると思ったのだが、「聞かれちゃったもんはしょーがないな」といつも通りのにかっとした笑顔を見せた。その瞬間、俺は安堵する。
「…なんで、断ったんだよ」
「言っただろ、風丸が好きだって」
「でも悪魔と人間じゃ」
「それでも好きなんだよ。どうにも出来ない」
決意した眼差しで俺を見つめる。その決意が俺は怖かった。
俺はまだ、引き返せるんじゃないかって。俺さえ引き下がれば、円堂は幸せになれるんじゃないかって。まだ思ってる。
もちろん円堂のことは好きだ。大好きだけれど、だからこそ円堂の一番の幸せを願っている。俺よりも、円堂の幸せのほうが大事だから。
「…おれは、悪魔じゃないから。人間だから、…お前を幸せには出来ない」
そう言っている内に悲しくなって、切なくなって、苦しくなって、それが涙となって頬を伝う。これからも一緒に居られるのかな。俺は円堂の隣に居てもいいのかな。そんな考えがぐるぐると頭の中を巡って、くらくらする。
何度も何度も手の甲で涙を拭うと、急に円堂は俺を強く包み込んだ。円堂の固い胸板を、直に感じる。
「…好きなんだ、どうしても好きなんだ、風丸のことが。止まんないんだよ」
「俺だって好き、円堂が好き。でも怖いんだ、怖いよ円堂」
俺は円堂の肩に顔をうずめた。円堂のごつごつした手が俺の頭を撫でている。心地よい、ずっと、これからもこうしてもらいたい。
でも、そのためにはどうしたらいいのか。俺はまだその答えを出せていなかったー
翌日、朝起きるとむすっとした顔で久遠さんが玄関に立って居た。
「今日、これから実家に帰ります。6日間、お世話になりました」
そう言ってぺこりと頭を下げた。機嫌は悪そうだが、礼儀がちゃんとなっている辺りやはりお嬢様らしい。
俺と円堂は寮の門まで送って行った。2人がぽつりぽつりと会話しているなか、俺は久遠さんが被っている麦藁帽子の赤いリボンがゆらゆらと風に揺れているのをじっと見つめていた。
門まで送ると、「風丸さんと2人で話したいので」と言ったので円堂は先に寮へと戻った。
2人きりになった途端、気まずく重い雰囲気が俺たちを包んだ。久遠さんは目を伏せていたが、沈黙を破ったのは彼女だった。
「わたし、まだ諦めてませんから。守くんのこと」
「…そう、ですか」
それだけ、とぶっきらぼうに彼女は言い放ち、くるりと反対方向に向いた。
彼女が歩き出そうとしたとき、「あ」と彼女は何かを思い出したのかまたくるりとこちらに向き直った。何か忘れ物でもしたのだろうか。
「あなた、下の名前は一郎太?」
「そうだけど」
「やっぱり。あなたあの時の子だったのね」
「は?あの時」
「ほら、10年前の…もしかして覚えてないの?」
10年前…?何のことだ?
そう思いつつも、何かが胸の底でくすぶっている。何かが引っ掛かる。
詳しいことを聞こうとしたのだが「覚えてないならいいですよ。では、さよなら」とさっさと立ち去ってしまったのだ。
何か、忘れている気がする。
何かを。