夕陽とブランコと、
まぶたの奥から円堂の声が聞こえた気がした。まだ眠い、と言いたがっていそうなほどに重いまぶたを持ち上げると、まだ外が明るくなり切ってないのか、薄暗い天井と円堂の顔がかすかに見えた。「風丸、起きろ」橙色のバンダナしてないのめずらしいなあ、と思いながらその言葉を聞いていた。ああ、どうやらまだ夢心地のようだ。思考がはっきりしない。俺が寝ぼけてると思ったのか、いきなり円堂は俺を肩をがしりと掴んでがくがくと揺らし始めた。さすがにそんなことをされたら目が覚めたので「起きたから」と円堂を静止させた。重い体をよっこいしょ、と持ち上げて起き上がった。寝癖をつけた円堂はそんな俺の様子を見てベッドの上から身を引き、「帰るぞ!」と言った。
いきなりそんなことを言うもんだから「え?」と素っ頓狂な声を出してしまった。
円堂が言うことには、これ以上ここに居ても火に油を注ぐようなものなので出て行った方が良いとのこと。俺たちは荷物を纏めてメイドさんに事情を伝えて家を出た。まだ外は少し暗かった。
何時間も掛け、地元に戻るともう夕方だった。ゴールデンウィークだったからか異常に時間がかかってしまった。そういえば数少ないゴールデンウィークだが、後もう少しで終わってしまうなあ、と俺は心の中で思った。
重い荷物を引きずりながら円堂と夕陽を背に歩いていると、突如「公園寄らないか?」と提案してきた。特段断る理由も無いので俺は静かに頷いた。
公園に入るなり円堂はブランコまで一直線に走った。荷物をどさっと置いて「一番乗りー!」と子供のようにはしゃぎながらブランコに座った。俺も荷物を置いて円堂の隣に座った。そういえばブランコなんて久しぶりだ。円堂は夢中でこいでいる。俺はその様子を見つめていた。
しばらくすると、円堂はこぐのをやめて、ぶらぶらと足を揺らし始めた。もう帰るのかなって立ち上がろうとしたら、名前を呼ばれた。返事をすると、円堂は真剣そうな顔でこちらを向いた。
「俺の父親の話、聞いてもらっていいか?」
何を唐突に。そう笑おうとしたが、円堂は真剣な眼差しで見て来るので、俺も真剣な顔で頷いた。
それから円堂はぽつりぽつりと語るように話し始めた。
昔から厳しくて、寡黙な父親だった。自分のことを王子として育てることしかしなくて、父親らしいことはしてくれなかった。むしろ話すことすらあまり無かった。それが子供のときはとにかく、とにかく寂しかった。勉強が出来ても褒めてくれない。スポーツが出来ても褒めてくれなかったのだ。そして父親は人間が大嫌いで、昔はよく自分に人間を襲う訓練をさせていた。人間をただの餌だとしか思っていないようだ。自分のことを息子だとは思っていない、ただの「王子」としか見ていない。
そのことを話した円堂の目には涙が溜まっていた。俺は考える暇も無く、気付いたら手を握っていた。円堂は驚いて俺の目をくりくりな瞳で見つめた。「大丈夫、俺がいるから」伝わるわけないのに、そう思いながら俺は円堂と見つめあった。すると円堂はふわりと微笑んで、静かに立ち上がった。かしゃん、とブランコが軋む。円堂は俺を見下ろす形で俺の前に立った。夕陽で顔がよく見えない。目を凝らしていると、静かに唇が落とされた。唇と唇を合わせるだけの、優しいキスだった。