君の優しさ



俺たちはその後夕食を済ました。お金持ちのディナーということもあって、舌がとろけるくらい美味しかった。と、まずまず安心できる時間を送っていると、最も恐れていた時間が襲ってきた。

「守お坊っちゃま、お嬢様。お風呂の用意が出来ましたが」
「えっあー風丸のほうは付き添いしなくていいから」
「しかしそういう決まりでございます」
「事情があるんだ、今日はすまないな」

円堂家ではお風呂の際にメイドをつけるらしい。もちろん女だけではあるが、円堂のお母さんも昔メイドをつけていたらしい。よく漫画などで見たことはあるが、本当にあるとは思わなかった。
だが、俺にとってはまさに危ない状況となる。見た目では誤魔化せても服を脱いでしまえば骨格や胸の膨らみの無さでわかってしまう。さすがにそこまでは誤魔化すことはできない。
「わかりました…」と渋々了承した様子のメイドの後姿を見送った。とにかくバレずに一晩過ごせれば良い。ただそれだけを願うだけだった。

俺は恐る恐る風呂場に入った。脱衣場だけでも広い。少しだけ風呂場を見ると自分の実家の部屋一つ分よりも広かった。恐ろしい…。
とにかく入ってしまえばいい。さっさと出てしまえばいい。俺は薄手の鮮やかなワンピースを脱ぎ捨てた。

「風丸様、タオルをお持ちしまし…」
「え」
「え」

がちゃりという音に気付いたときはすでに遅く、眼をまん丸にさせたメイドと目が合ってしまった。白いふかふかなタオルを持ったメイドの目線は胸板から男用の空色のボーダー柄パンツへと移って行く。数秒、沈黙が流れたあと悲鳴ともとれる驚きの声があげられた。
ああ、終わった。そのとき俺は血の気が引くのを感じ取りながらそう思ったのであった。


その後、円堂は父に連れて行かれてしまい、俺は客間にひとり取り残されてしまった。
どうしよう。俺のせいだ。俺がもう少し警戒していたら。先行きへの不安と自分の不甲斐なさに涙を滲ませた。そのとき、客間の扉を
ノックする音が背中から聞こえた。慌てて涙を拭き取って返事をすると軋む音を立てながら洋風な扉が開いた。その扉の向こうに居たのはメイドでもない見知らぬ女性だった。誰だろう、と思いながら女性をじっと見ていると、その女性は百合のような笑顔を見せながら足音も立てず俺の向かいのソファーに静かに座った。なんともたおやかな女性だ、と思いながらその一連の動作を眺めた。

「あなたが風丸さんね。私は守の母です」
「お、お母様でしたか。初めまして」

この上品な女性は円堂のお母さんらしい。厳格そうな父を見ると母も厳しいのだろうか、と勝手に想像していたが、予想に反してとても優しそうな母だ。白雪のような肌が灯りの下で眩しく輝く。
それにしても円堂のお母さんが何故ここにきたのだろう。思わず緊張で身体が強張ってしまう。その様子を見られていたようで、くすくすと笑いながら楽にするよう言ってくれた。

「ちょっと質問をしに来たの。答えてくれるかしら」
「は、はい。もちろん」
「あなたは守のことが好きなのかしら?」

予想外の質問で声が裏返ってしまった。そのことと、答えることの羞恥で顔が熱くなっていくのがわかる。ちらりと母の眼を見ると透き通ったビー玉のような瞳で好奇心しかないような無邪気な笑顔てわ俺を見ていた。それでなんだか安心してしまい、「好きです」とあっさり答えてしまった。なんだかこの人なら受け止めてくれる気がする、と思ってしまったのだ。それは多分笑顔が少しだけ円堂に似ていたからだと思う。
俺が答えるとぱあっと花が咲くように更に笑顔を見せて、「そうなのね、わかったわ」と意味深な返事をしながらいそいそと部屋を出て行った。なんだかよくわからないが質問はそれだけだったらしい。俺は不安がすっかり取り除かれることに気付いて不思議な思いで扉を見つめた。


しばらくすると円堂が真剣な面持ちで帰ってきた。どうなったのか、おずおずと聞くと、なんと先ほどの女性…円堂の母が円堂のことを庇ってくれたらしい。そのおかげで父は冷静さを取り戻したらしいが、それでも嘘をついたことと人間の男と付き合っている円堂を許しはしなかった。当たり前ではある。父はそのまま無言で部屋を出て行ってしまったらしい。
とりあえず一晩泊まることになったが、この出来事を引き起こしたのはこの俺なのだ。俺は俯いて「ごめん」と掠れた声で言った。俯いていたから円堂の表情は見えなかったが、ふわりと優しく抱き締められた。とくん、とくんと少し速いリズムの鼓動音と暖かい体温に触れる。「大丈夫だから気にすんな」そう言ってくれた円堂の優しさに俺はまた涙を滲ませてしまった。

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