大波乱よ、こんにちは
俺たちは部屋に戻り、手紙を開封した。ところどころ花が添えられてる上品な便箋には丁寧な字が並べられ、どちらかと言うと女性が書いたかのようだった。そのことを円堂に言ったら「メイドさんが代筆したんだと思う」だそう。さすが金持ちだなあ、と思いながら円堂と共に見本のような字を目で追った。
内容は以下のものだった。円堂は前々から秋さんとの婚約破棄を父親に求めていたらしい。ついこないだも交渉しようとしたらしいが、失敗に終わってしまったらしい。そこでどうしても婚約破棄してほしいならば、今付き合っている恋人を連れて来い、というものだった。もし恋人がいない、もしくはその恋人が相応しい者でなければ婚約破棄をすることはできない。手紙にはこのようなことがつらつらと書いてあった。
円堂は読み終えると、険しい顔で便箋を折りたたみ、封筒の中にしまった。「どうするんだ?」何も言わない円堂に声を掛けると渋い顔でこちらを見た。
「風丸を連れて行くしかないだろ…」
「は!?無理無理!俺男だし!」
思い切り首を振った。空色の髪の毛が俺の頬をべちべちと叩いた。「そもそも人間ってだけでヤバイけどな」そういえば円堂は悪魔なんだっけ。あまりにもファンタジーすぎて未だに信じてないから忘れていた。ということを言ったら微妙な顔をされてしまった。
「とにかく、家に戻って説明するしかないだろ」
「でも恋人の件はどうするんだ?」
「そ、それは」
「風丸くん女装させればいいんじゃないかなあ?」
円堂とも違う声が突如聞こえたので思わず身体がびくりと跳ね上がった。振り向くとまるで燃える火のような鮮やかな赤色の髪の毛の少年が立っていた。にこりと笑うその顔はこの世のものかと疑ってしまうくらい整っていて、女の子のような色白さが赤色を引き立てている。その不思議な少年は円堂にヒロトと名を呼ばれた。そういばどこかで見たような気が薄っすらとしていたが、この人は確か緑川の友人だった。一度だけ、それも窓から見たことしかないが、鮮やかな赤が記憶の隅に残っていたようだ。そう、確か名前は「基山ヒロト」ヒロトは硝子細工のような声でそう言ったあと「俺の名前だよ」と付け足した。俺も名乗り、お互い「よろしく」と軽い挨拶を交わした。
「ヒロトどうしたんだ?ていうかよく寮に入れたな」
「侵入は得意なんだ。ちゃんと生活できてるか気になって来たんだけどね。話聞こえちゃってつい立ち聞きしちゃった」
ヒロトは端正な顔つきで微笑んだ。その顔は中性的で男である俺でもどきりとしてしまった。
そこで気付いたが、学園内でもこの基山ヒロトは人気があるほうだった。いや、トップを争うほどだ。だがそれも頷けるほど妖艶かつ花のような可憐さを持ち合わせる笑顔だった。
いや、そんなこと今はどうだっていいのだ。さっき言っていたを聞いてみた。「風丸くん女装させればいいんじゃないかなあ?」ってどういうことなのだろう。
「そのままの意味だよ。ほら君って女の子みたいだからさ、案外バレないんじゃないかな?」
「無理があるだろ!」
「いい考えだな!」
「何言っちゃってんの円堂!?」
円堂ははち切れんばかりの笑顔で俺とヒロトの顔を見ている。もしかしてこれは、やらなきゃいけないパターンなのか。そうなのだろうか。
「ほら風丸くん、決断のときだよ」
「風丸!頼む!」
ああなんだろう、すごくデジャヴを感じる。円堂の頼み込む姿があのとき、非日常が始まった日の円堂と被る。
「…わかったよ」
大波乱よ、こんにちは。