雨の中の2人



「なんで、」

速まる鼓動を感じながら、言葉にならない疑問を口にした。なんで来た?秋さんは?そんなことはお見通しなのか、円堂は疑問に対する答えを話してくれた。

「風丸が心配だからに決まってるだろ。秋は雨宿りできるところで待ってもらってる」

円堂は俺の腕を掴んで持ち上げた。俺は立ち上がり、円堂と対峙する。栗色の髪から雫がぽたりと垂れて、コンクリートの地面へと落下して丸い染みを作った。俺はそれを見る振りをして円堂から目を逸らす。

「ごめん、風丸。俺のこと、嫌いになったよな。それは仕方ない。でも話だけでも聞いてくれるか?」

俺はこくりと頷いた。円堂は静かに、ゆっくりと話し始めた。
まず秋さんのことだが、親の都合で勝手に決められた婚約らしい。本当は秋さんに思い人がいるらしいのだが、そのことは円堂しか知らない。親御さんらはこの婚約を成功させなければならないらしい。理由は両家の安泰を保つため。円堂家は言わずもがな、秋さんの家も結構ないいところらしい。王を継ぐ円堂には秋さんが相応しいと考えた円堂の親が二人に内緒で勝手に婚約させてしまったらしい。なんとも漫画みたいな話だ。
では何故、嘘をついてまで俺に接近したのか。それは未だに理由はわからないが、俺を一目見たとき初めて会ったような気がしなかったかららしい。どうしても気になって、たまたま俺を見ていたら偶然悪魔に襲われかけていたとか。これをチャンスだと思ってより近くにいれるよう護衛の話を持ち掛ける。でもその時俺は「なんのメリットがある」と言った。それで慌ててしまった円堂は、もっともらしい「恋人のふり」を頼んだという。

「…と、まあこんな感じだ」
「まだある。最近俺を避けてたのは何故だ?」

そう言うと円堂は何故か顔を赤く染め始めた。まるであのときの、りんごのような顔。円堂は気まずそうに俺から目を逸らした。トンネルの中で聞こえるのは、お互いの息遣いと、雨の音だけ。

「それは、妙に意識しちゃって風丸の顔をちゃんと見れなくなったんだ」
「円堂?それどういう」
「…俺、風丸が好きだ」

好き、という言葉がはっきりと響く。一瞬、何と言ったかわからなかった。次の瞬間、正気か?と思ってしまう。でも円堂の顔を見れば一目瞭然だった。顔を真っ赤にしつつも俺を真剣な眼差しで捉える。全く、どこまでも漫画のようなストーリーだ。

「そんなことで避けるなよ。俺だって傷つく」
「ごっごめん。でも俺だって避けたくて避けたわけじゃないし…」
「わかってるよ。でも円堂だって好きな奴に避けられたら傷つくだろ」

「そうだよなあ」と円堂は相槌をうったあと、信じられないものを見たような顔で俺を見た。俺は恥ずかしくなって熱くなった顔を隠すように俯いた。ちゃんと伝わったのかな。

「えっ風丸それどういう意味…」
「そのまんまの意味だよ…」
「だめ。直接言わないとわかんない」

円堂は顔を寄せ、俺の目を掴んで離さない。ずるい、本当にこの男はずるい。目線が外せないほどに顔と顔が近い。円堂の吐息が鼻にかかる。

「俺も、円堂のこと好きだ」

言った瞬間、唇は円堂に捕らわれてしまった。初めてのキスはレモン味というけど、円堂とのキスは雨の味がした。耳に、雨の音がこびりつく。
俺は円堂の濡れたYシャツの裾を静かに、そっと握った。

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