『いち!おれとやくそくしてほしいことがあるんだ!』
『なあに?』
『大人になったら、おれとけっこんしてください!』
『…いいよ、まもるなら』
『ほんと!?やくそくだよ!』
『うん!やくそく!』
今日も賑やかな町を歩く。江戸時代が終わったこの今、大変なこともあったが、この町は至って平和だ。紅梅色や若菜色、山吹色など色とりどりの袴を着る人々が見える。ああ、いつも通りの街並みだ。
そういえば今朝、夢を見た。昔、俺の家の近くに幼馴染が住んでいた。仲が良く、よく遊んでいたのだが突如俺の前から消えてしまった。後から聞かされたが、彼女はどこかの令嬢だったらしい。それも全国に名を馳せる一流企業の。その名前は庶民の俺だって知っている。もちろん、俺とは身分の差は大きく、昔のように仲良くしたら大問題だろう。
「円堂くん!」
「秋!どうしたんだ?」
木野秋、俺の近所に住む女の子だ。黒髪に小さな髪飾りで前髪をとめている。黒髪を揺らしながら俺の元へ走ってくる。手には小さな桶が握られている。
「円堂くんのお母さんがね、ため池で水汲んできてだって」
「わかった、ありがとな!」
桶を手に取り、近くのため池まで急ぐ。今更もう会えない人のことを考えても仕方ない。どうせ会えても、彼女と結ばれることはないのだから。
すぐにため池に着き、なるべく綺麗そうなところの水を汲む。意外と重かったので一旦側に置いて休むことにした。それにしても水が気持ち良さそうだ。
「…ちょっとだけ!」そう呟いて袴の裾を捲って池に足を入れた。思わず溜息が出るほどに気持ちがいい。ここまで急いで来たし、ちょっとくらいいいよな。
しばらく足をばたつかせていると、かさりと草を踏む音が聞こえた。誰か来たのだろうか、そう思って聞こえたほうを振り向いた。
「…まも、る?」
信じられなかった。空色の髪が揺れる。太陽の光が反射して、きらきらと輝きを増す。赤い瞳が、俺をはっきりと捉えた。何故、ここに。冷たい風を頬に感じながら、目の前の人物の名前を呼んだ。
「…………いち?」
何故、君は俺のことを覚えているんだ。
忘れてくれれば、お互い幸せになれるのに。