彼と過ごす14日間
教育実習生としてこの雷門高校に来てからまだ1日も経たないうちに、早くも大問題を起こしてしまった。その結果が、これだ。
「すまなかった!」
「………」
図書室の床に額を擦り付けるように土下座をする俺、椅子に座り腕を組む霧野蘭丸くん。幸い閉まる間際だったので誰もいない。ただ下校のチャイムが響くだけだ。
何故こうなっているのか。原因というか、悪いのはもちろん俺だ。目の前で女王様のような品格を漂わせているこの可憐な男の子。どっからどうみても女の子のような彼を、先程まで女の子だと思い込んでいた。そして先程、彼を「霧野さん」と呼んでしまい激怒させてしまったのである。
まさかこんなことが起こるとは思ってはいなかった。普通こんな非常事態起きない。でも実際起きてしまったのだ。こうなった以上、謝るしか無かった。そして今に至る。
「本当にすまなかった!な、何でもする」
「…先生、とりあえず顔上げてよ」
「いや、しかし」
「何でもしてくれるんだろ?そしたら許すからさ。顔上げてよ」
俺はゆっくりと顔を上げた。大失態だ、初日からこんな失敗をするとは。それにしても、「何でもする」と言ってしまったのは誤りかもしれない。もしかしたら無理難題なことを言われるかも、と思うと冷や汗が出てきた。
「俺こそごめん。つい、怒鳴っちゃって」
「ああ…いいんだ。俺が悪かったしな」
「よくあるんだ。女の子に間違えられること」
そりゃそうだろうな…と心の中で呟いた。口にしたら今度は土下座では済まされない。「それよりも、」と前置きをする。
「何でもするとは言ったが…何をしたらいいんだ?」
「放課後、俺に数学を教えてほしいんだ」
………何も言えなくなった。ぽかん、という言葉が相応しい。もっと酷いことをされるとおもっていたのだが、そんなことなのか。教育実習生の俺にとっては教える機会が増えることは好都合だ。しかし、彼は部活動などはやってないのだろうか。細い身体はどちらかというと文化部っぽい。
「だーかーら、さっきサッカー部って言ったじゃん。で、捻挫で見学中」
ほら、という風に右足を持ち上げた。足首には包帯が何重にも巻かれている上、上履きではなくスリッパを履いていた。そういえばそうだった。女子サッカー部かな、とか思って聞き流してしまっていた。
「先生、女子サッカー部だと思った?」
「お、思ってない!思ってない!」
俺は頭を何度も横にぶんぶんと振った。危ない、また睨まれてしまうところだった。
可憐な男の子は大きく背伸びをした。やはり何度「男の子」と認識しようとしても女の子にしか見えなかった。5つ年下の男の子。でも不思議な感じのする男の子だ。
「じゃあ明日からよろしく、先生。あと俺のこと『くん』付けとかしなくていいから」
「あ、ああ。…霧野?」
「そーそー。ま、気軽に話し掛けてくれていいから、先生」
こうして、霧野と過ごす14日間が幕を上げた。