可憐な男の子



「はー、もう一日が終わった…」

俺は誰もいない職員室でひとり背伸びをした。先生方の授業を見学させて頂いたり、学校内を案内してもらったり、資料の整理をしていたらすっかりこんな時間になってしまった。時刻は5時になるところだ。

「この資料図書館に返したら帰るかな」

そう独り言を呟きながら席を立った。



借りた資料を元の場所に戻す。入り組んだ場所だからか少しばかり時間がかかってしまった。さっさと帰ろう、そう思いせかせかと足を動かす。そこでふと、視界に印象的な色が映る。見えた方に足を向けると、綺麗な横顔が見えた。全体を見るとすぐにわかった。「霧野蘭丸」さんだ。彼女は本棚をじっと食い入る様に見ていた。これも交流のため、おそるおそる話しかける。

「何か探してるのか?」
「…あ、神童…先生?」

どうやら名前ぐらいは覚えられているみたいだった。ほんの少しだけ安心する。「良かったら手伝うけど」そう言うと彼女は考え込むように顎に手を当てる。少し間が空いたあと、

「いえ、大丈夫です。暇つぶししてただけなので」
「そっか。何か部活はしてないのか?」
「してますよ。サッカー部。でも今捻挫で、ほら」

そう言いながら右足を軽く持ち上げた。確かに右足には包帯が巻かれていて、なおかつスリッパだった。全治二週間らしい。しかも怪我したのは昨日だとか。

「本当は見学とかマネージャーの仕事しなきゃだめなんですけど、マネージャー多いから仕事ないし見学してると混ざりたくなるから、勉強することにしたんです」
「へえ…そうなのか」

それにしてもこの高校、女子サッカー部なんてあっただろうか?あったような気もするけれど、マネージャーが多いとは聞いたこともない。男子サッカー部にマネージャーが多いのは毎度のことだが。…でも勉強すると言っておいてこんな所で暇つぶしなんかしていて良いのだろうか?そう思ってちらりと彼女の顔を見ると、はにかんだ笑顔を浮かべながら「休憩も必要ですから」と誤魔化した。ようはサボっているということか。

「そういえば先生俺の名前知ってますか?」

女の子が自分のこと「俺」と呼ぶのは珍しいな…とか思っていると知らないと思われたのか「霧野蘭丸ですよ」とご丁寧にも教えてくれた。気を悪くさせたかな、と思っているとそういう風にも見えなかった。一安心して「改めて二週間よろしく、霧野さん」と言った。

今思えば、これが引き金だったのかもしれない。いや、これが引き金だったのだ。
「…さん?」と引きつった笑顔で聞き返してくる。「さん」では駄目なのだろうか。でも「ちゃん」は嫌なんじゃないだろうか。何て呼べばいいのだろう。悩んでいると彼女はおそるおそる質問をしてくる。

「…先生、念のため聞きますが。俺、女だと思います?」
「俺って言うのは珍しいけど…どう見てもそうだろ?」

ぷるぷると彼女は俯いて震え出した。周りに漂うのは怒りのオーラ。「俺って言うのは珍しい」というのは駄目だっただろうか?女というものは難しいな。すると彼女は勢いよく顔を上げた。そして大きく息を吸い、

「俺は、男だーっ!!!」

大きな雄叫びを、あげた。

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