「剣城って知ってる?○組の」
「あー知ってる。美人で有名だよね」
「良いのは外面だけ。あの子少しも笑わないの」
「全く笑わないの?」
「うん。ありがとうとかも言わないし、無愛想なの」
「性格わる〜い…でも美人だから男は寄ってくるよね」
「うわっむかつくー!」
俺は「女子って怖いなあ」と思いながらその話を聞いた。異性の話題に無頓着な俺でも剣城という女子の噂は知っていた。その噂を聞いたときはただ「美人らしい」ということだけだったので特に興味が湧かなかった。でも今の話で「笑わない」という内容に少し惹かれた。そういう女の子が笑う姿を見てみたい、唐突にそう思ったのだ。そう思ったらすぐ行動するのが俺の癖だ。ブレーキをかけて進んでいた方向と逆方向に廊下を突き進んだ。
辿り着いたのは剣城さんが居るというクラスだ。たまたまそこを通りかかった女子に「剣城さん知らない?」と声を掛けると不思議そうな顔をして「いつも屋上に居るらしいよ」と返された。お礼を言って屋上へと急いだ。
屋上に着いて重い年期の入った扉に手をかけた。ギギ、と軋む音を立てながら開くと少し肌寒い春の風が身体を襲った。それも最初だけで屋上に足を踏み入れるとさわさわと優しく俺の髪を揺らした。
どこに居るのだろう、ときょろきょろ首を動かして見渡すと扉のすぐそばに腰掛けていた。まさかそんなそばに居るとは思っていなかったので思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。彼女は訝しげな目線をこちらに向けた。まずい、とりあえず何か話さなければ。慌てて口を開く。
「き…奇遇だね。俺も屋上で休みたくて…」
「…………………」
「えーっと…隣座っていい?」
そう聞くと彼女はこくんと頷いた。俺はそそくさと剣城さんの隣にちょこんと座った。
「……剣城さん、だよね?」
「さん付けしなくてもいい」
「しゃべった」
「しゃべることくらいできる」
「だ、だよね。俺は松風天馬だよ。呼び捨てでいいから」
「…松風」
「えへへ、なんか照れちゃうな。よろしく、剣城」
そう言うと剣城はそっぽを向いてしまった。噂に聞いたとおりかなりの美人だ。色白で、流し目で睫毛も長い。何より横顔が綺麗だ。脚も細いし、すらっと長くのびている。もしかしたら身長は俺より高いかもしれない。あ…あと、胸も大きい。女性の胸をそんなまじまじと見る機会が無いので比較しようもないのだけれど。でも華奢で細くて、雑誌に載っているモデルさんのようだ。藍色の髪もさらさらで風になびく度にいいにおいが「何じろじろと見ているんだ、あと近い」俺は飛び上がり、慌てて距離を取りながら謝った。そんなに見つめていたのだろうか。顔が炎が出てるみたいに熱くなった。それから少しだけ沈黙が流れた。聞こえるのは教室からもれている賑やかな声だけだ。涼しい春風が頬を撫でる。暖かい陽気も重なって気を抜くとうっかり昼寝をしてしまいそうだ。
あまり嫌ではない沈黙を先に破ったのは意外にも剣城だった。
「なんで私と一緒に居れるんだ?」
「え…どういうこと?」
「私と話そうとして寄ってきてもすぐ離れてしまうんだ。ここまで一緒に居たのは松風が初めてだ。なあ、なんでだ?」
目を大きくまん丸にして、俺を見つめる。瞳の中に映る俺は揺れずに微動だにしない。瞳の中に居る俺も目をまん丸にしていた。
「興味があるから…かなあ」
「興味?私に?」
「笑わないって聞いたけど…もしそんな子が笑ったらどんな笑顔なんだろうって、気になったんだ」
そう言うと剣城は更に目を大きく見開いた。ビー玉のような綺麗な瞳はまっすぐに俺を射抜く。そして剣城は急に吹き出した。その瞬間、目の前がちかちかした。
「はは、お前、面白いな」
「…え……あ………」
「こんなに面白い奴お前が初めてだよ。学校で笑ったの初めてかもな」
笑った。剣城が笑った。その瞬間、俺は剣城に釘付けになった。まさか、こんな、ほんの興味程度だったのに。そんな、馬鹿な。
「…好きになっちゃった」
「え?」