わたしの恋人はアイドル。なんていうキャッチコピーはCMとかインターネットで何度か見たことがある。女の子にとったら恋人がアイドルなんてことが憧れなのだろう。少女漫画にでもありそうな設定だ。
でもそんなものはただの憧れ。もし本当に恋人がアイドルだったら、面倒なだけなのだ。良いことなんてひとつもない。俺みたいに。
『みんなー!こんにちは!吹雪士郎です!』
上を見上げると、ディスプレイがあった。街中の人々は立ち止まって同じようにディスプレイを見上げる。中には黄色い歓声を上げる女の子も居た。
そこに映っている国民的アイドルが、俺の恋人である。
俺と吹雪は中学生のとき同じサッカーチームに入ってた。そこでなんやかんやあり、晴れて恋人同士になったのだが…高校生になるのと同時に故郷である北海道に帰ってしまったのだ。東京と北海道、遠距離になってしまったが俺たちは毎日連絡を交わすことで関係を保っていた。
ある夏休みの日、吹雪が久しぶりに東京に来た。中学生のときはあまり行けなかった都会のほうに行き、観光案内をした。そして吹雪は芸能プロダクションにスカウトされたのである。俺は「すごいじゃないか!やってみろよ!」と背中を押してしまったのである。
そして今に至る。アイドルをやっている彼は楽しそうで、あの時背中を押したのは正解だったと思う節もある。しかし全く会えなくなってしまったのだ。仕事のためまた東京に下宿しているので距離的には問題無くなったのだが…。スケジュール的にも会えないし、会えることになってもアイドルなので顔を隠さなきゃいけないし、万が一ということもあっておおっぴらに外出なんて出来ない。まあ見つかっても男同士なのでスキャンダルにはならないのだけれど…。しかし手を繋いでいるところを撮られたら「人気のアイドル実はゲイ!?」という見出しが全国に流れ出るのだろう。考えるだけで恐ろしい。
そんなわけで彼氏がアイドルであろうと良いことなんかひとつもないのだ。むしろ悪いことだらけだ。それでも別れないのは吹雪が好きだから、なんだけれども。
俺の家、もとい吹雪の家のドアの鍵をカチャリという音と共に開ける。せめて、ということで俺たち2人は同棲している。それに吹雪は何日も家を空けることが多いので防犯のため、ということもあるのだ。家賃は2人で半分こ、ということだったが実質吹雪が払っているようなものだ。しがない高校生が払えるような金額ではない。だからせめて家事全般は俺がやるってことで毎日ご飯を作っているのだが、2人分のご飯を作ってはもう片方のご飯を冷凍する日々が続いている。今日も多分、そうなのだろう。
「ただいま」おかえり、という声が聞こえるはずも無く。暗闇の中に大きな溜息を吐いた。
なんだか今日は疲れた。ご飯は簡単に作れるスパゲティがいいな。そう思いながら台所に向かい、麺を出して茹で始める。もちろん2人分だ。しばらく作業していると、軽快なチャイム音が鳴った。誰だろう、と思いながら玄関に向かい、覗き穴からドアの前を覗いた。「宅配便でーす」なんだか聞き覚えのある声に若干の疑問を持ちつつ、ドアを開けた。すると、帽子を深めに被った宅配業者が佇んでいた。顔を見なくてもわかった。
「吹雪!?」
「えへへ、ばれた?」
「な、なんで…今日も仕事なんじゃ」
「なんかねー急にキャンセルになったんだあ」
「き、聞いてないしなんだよその格好」
「驚かせたくてさ〜この格好はカモフラージュだよ、なるべく記者に見つからないようにしたいしね」
唖然になってる俺を差し置いて帽子を取り、靴を脱ぎ始めた。脱いだ靴を几帳面に端っこに揃え、俺に向き直るなり俺をぎゅっと抱き締めた。
「ふ、吹雪!?なに」
「ただいま」
あ、そういえば「ただいま」なんて言葉を聞くの、久しぶりだな。そう思った俺は抱き返して「おかえり」と呟いた。
「今日のご飯はなに?」
「スパゲティ。今日帰ってくるとは思わなくて簡単なやつにしてしまったんだが」
「いいよ、風丸くんの作ったものならなんでも」
歯が浮くような台詞をこうも簡単に言ってしまうのは彼がアイドルだからだろうか。
「ねえ風丸くん」
「なんだ?吹雪」
「ふふ、好きだよ」
「…なんだよ突然」
赤くなった顔を隠すように吹雪の肩に顔を埋めた。「ねーねー風丸くんは?」こういう日常も久しぶりだ。これから2人でスパゲティを食べて、色々喋りながらテレビを見て、一緒に寝よう。そう思いながら、「好きだよ」と呟いて唇を合わせた。