爽やかな一日、今日はいつもと違う朝を迎える。いつもならば風丸の少し低い声で起こされるのだが、今朝は母のうるさい声で起こされた。珍しい、今日は風丸は起こしに来てくれなかったようだ。昨日言っていなかっただけで日直だったのだろうか。なんて思いながら制服に着替える。時計を見ると、いつも起きる時間より少し遅い。といっても今日は朝練が無いので急ぐ必要がないのだが。俺はゆっくりと支度を整え、食パンをもそもそと頬張りながら玄関へ向かった。するとそこへ母がぱたぱたとスリッパの音を立てながら来て「一応風丸くんの様子を見てきてちょうだい。あんたいつも風丸くんに起こされてるんだから、たまには起こしに行ってあげなさいよ」と俺に言った。あの風丸が寝坊?とても珍しいことではあるが、一応ということもあり、すぐ近所の風丸の家に向かった。最後の一切れをごくんと呑み込んでチャイムを押した。すると風丸に似て美人なおばさんが困った顔で出てきた。…というものの、風丸がおばさんに似たのだが、そんなことはどうでもいい。風丸はもう家を出たか聞くと意外なことにまだ家を出ていないらしい。それどころか起きていないだという。珍しいどころじゃない。もしかして今日は槍が降ってくるかもしれない。俺は風丸を起こすべく家に上がって風丸の部屋へと急いだ。何度も来ているからおばさんに案内されなくても部屋の場所がわかる。幼馴染の特権だ。
部屋の扉を静かにあけると、水色の布団がベッドの上で丸くなっている。初めて見る光景だ。俺はそっとベッドに近付いて布団をぽんぽんと叩く。すると布団はもぞもぞと動き、小さなうめき声が聞こえた。「かぜまるー朝だぞー」今までにこんなことを言うことがあっただろうか。まったく不思議な日である。何度かぽんぽんと叩くともぞもぞと風丸は起きて虚ろ気な目をこちらに向けた。空色の綺麗な長い髪はぼさぼさで寝ぐせがぴょこんとついている。
「…今何時?」
「7時半過ぎ」
「…今日は朝練じゃないよな?」
こくりと頷くと眠たげな風丸はうつらうつらと首を揺らしながらまたベッドにダイブしてしまった。「支度しないと学校に遅れるぞ〜」と風丸の肩を叩いても反応が無い。仕方ないので無理やり起こそうと肩を掴むと首に手を回されぐっと風丸のほうへ引き寄せられてしまった。
「え、ちょ、風丸!?」
「んーあと5分…」
これは重症だな…と思いながら理性を保ちつつそのまま風丸をリビングへとずるずる引っ張って行った。
それからご飯を食べさせ、支度をさせるまでが大変だった。ずっとうつらうつらとしていてすぐにでも夢へと誘われてしまいそうだった。支度している間も目は見開かれていないのでずっとはらはらしていた。それにしてもなんでこんなにも眠そうなのだろうか。理由を聞いてみると「夜中に今日提出の課題をやってないこと思い出して…やってたら寝るの遅くなった…」と風丸らしい返答だった。
その眠たげな様子は学校に行っても続いた。風丸と同じクラスの半田によると授業中に首を揺らして机におでこを思い切りぶつける、ということを何度も繰り返したらしい。休み時間もぐーすかぐーすか、夢の中だ。その様子を聞いて心配になった俺は昼休みは風丸たちと過ごすことになった。
本当に眠たげだ。弁当箱を開くのも一苦労で弁当箱を包む袋すらほどけなかった。仕方ないので俺がほどくと「ありがとな〜」と呂律の回らない声で言われた。なんだかいつもと立場が逆なので少しどきどきしてしまう。俺は煩悩を振り切ってお母さん手作りのおにぎりを頬張った。ちらりと風丸のほうを見た瞬間俺はぎょっとした。箸でウインナーを掴もうとしているのだがふらふらとした手つきなのでぽろぽろと落ちてしまっている。それを拾おうとしてもまたぽろっと落ちてしまう。…重症すぎる。
「おい円堂ー食べさせてやれよー」
半田が俺の二の腕を肘で小突く。顔が熱くなっていくのがわかったが、このままでは風丸は何も食べれないまま昼休みが終わってしまう。半田に「うるせえ」と言って俺は風丸の弁当箱の中のウインナーを箸で掴み、風丸の口へ持っていった。眠たげな目でウインナーを見つめたあと、口をぱかりと開けてウインナーを頬張った。「ありがとなーえんどー」目をこすりながら風丸はそう言った。なんだこの天使…なんだこの天使!叫びたくなる気持ちを抑えながら続けておかずを風丸の口に投入した。
そして放課後、俺は部員に説明して風丸は部活を休むことを伝えた。この様子じゃサッカーボールが顔に激突してしまいそうだ。そして俺は風丸を家まで送ることにした。事故に遭いかねない。
ふらふらと酒に酔ったサラリーマンのようにおぼつかない歩きの風丸を横目で見る。目が半開きなので非常に危なっかしい。そう思っていたら風丸はふらふらと電柱にぶつかりに行ってしまった。止めようと思ったときにはすでに遅く、ごつんと大きい音が聞こえて悲鳴にならない声を出しながら風丸はうずくまってしまった。
「大丈夫か?」
「お、おでこ、おでこ打った、痛い」
半泣きでおでこをさする風丸の頭をぽんぽんと軽く叩いた。本当に立場が逆転しているようだ。なんだか新鮮で、少しだけ嬉しくなる。しばらくして風丸はふらふらと立ち上がって歩き出した。俺は横に歩み寄って風丸の手をぎゅっと握った。風丸は赤くなった額をさすりながら俺の顔を覗き込んだ。「…危なっかしいから」赤くなった顔を隠そうとそっぽを向きながら言うと、風丸は笑いながら「ありがとな」と俺に言った。
気付かれないように見た風丸の横顔は夕暮れのせいなのかわからないけど、少しだけ赤く染まっていた。あーそういえば朝ついていた寝癖が直ってないなあ、と風に揺れるオレンジ色に少しだけ染まった髪の毛を見て俺は思った。
おへんじ
リクエストありがとうございました!年君からだなんて…ありがとうございます!!勿体無いお言葉です…結婚してください。