よく宿題とかであると思う。このゲームが終わったら、このお菓子が食べ終わったら、この漫画が読み終わったら。宿題しよう。
あるいは4月になったら告白しよう、とか。あるいはあと数日経ったら謝ろう、とか。
こういうものは結局きっかけが掴めたとしてもやる気や勇気が無ければ実現に至らないものだと俺は思う。そうは言っても、なかなか難しいものだとわかってはいるけれど。
「あれ、風丸じゃん」
「半田。めずらしいなスーパーで会うなんて」
夏休みのある日、スーパーで俺は半田に偶然会った。部活で度々会ってるから「焼けたな!」とか「髪切った?」とかそんなありきたりな会話は交わされないのだけれど。
「あ、そういえば風丸は今日の雷門祭り行くのか?」
「ああ。半田も行くだろ?」
「おう。染岡とマックスと行くんだ。お前はどうせ円堂だろ?」
「どうせってなんだ…おい」
「ラブラブだなあって」
何か言い返そうと思ったら「じゃーなー」とひらりとかわされてしまった。どうせってなんだ、どうせって。
まあ確かに毎年円堂と2人で行っていて、それが習慣になっているのは事実だ。なんというか、もう誘わなくても「じゃあ何時集合な」ぐらいの感じだ。
でも今年は違った。ダークエンペラーズのときのこともあり、俺は誘っていいのかと少し悩んでいた。円堂は普通にいつも通り「俺の家に6時なー」って言ってきたけれど。
それからもうひとつ違うことがある。去年までは「友達として」祭りに行った。しかし、今年からは「恋人として」行くのだ。それもダークエンペラーズのときにいざこざがあり、なんやかんやあって恋人となった。と言いつつもなんの進展も無いのが最近の悩みなのだが。
そして6時になり、歩いて何分もかからない位置にある円堂家へ向かった。毎年のごとく母親に無理矢理着せられる浴衣ももう随分と慣れた。動きづらいのは今でも苦手だけど。
チャイムを押すとだだだだだ、と階段を乱暴に降りる音がドア越しに聞こえた。途端、勢いよくドアが開いた。
「お、お待たせ!」
「別に待ってないぞ」
えへへ、と円堂ははにかんだ。「じゃあ行ってくるー!」と円堂が言うと奥から円堂のおばさんが出てきた。「風丸くん、守のことよろしくねえ」と柔らかい笑顔で俺に言った。「2人とも行ってらっしゃい」という言葉に円堂と返事をすると俺たちは歩き出した。
「風丸は今年も浴衣かー」
「お母さんがうるさいんだよ…祭りなんだから浴衣着なさいって」
「風丸が浴衣似合うからおばさんも着せたくなるんだって」
「それって褒め言葉か?女っぽいって言ってるようにしか思えないぞ」
「ちっ違うって!…そ、その…その浴衣、本当に似合ってるから」
耳まで赤くしてそっぽ向くもんだから俺もつい俯いてしまった。顔がすごい熱い。こんな風に、たまに「ああ、俺たち恋人同士なんだな」って再認識するときがある。燃えそうなくらい熱を持った耳を、手でぎゅっと抓った。
数分歩くと、徐々に屋台が見えてきて、人が多くなってきた。夕方なのに通りは昼間のように明るい。太鼓や笛の音、人の楽しそうな声が聞こえてくる。今年も変わらず賑やかだ。
「なんか買うかー?」
「んじゃりんご飴、買う」
りょーかい、と円堂は返事をしてりんご飴が売っている屋台へと歩き出した。相変わらず人が多い。まあ祭りなんてどれもそんなものなのだけれど。そんなことを思いながら俺はひとつのりんご飴を買った。
「円堂は何か買わないのか?」
「いやーどれも美味しそうでどれから食べようか迷い中!」
「はは、円堂らしいな」
俺たちは目的も無くふらふらと歩き始めた。そうしていると同じ学校の友達とかにたまにすれ違う。雷門中のやつは大抵この祭りに来るので人混みが半端ない。うっかりしていると、円堂とはぐれてしまいそうだ。
そのとき、円堂の大きな手が視界に入った。円堂はお金を俺に預けているので、手ぶらだ。思わず唾を飲み込んだ。
(…手、繋ぎたい)
だがしかし、俺にそんな勇気があるわけが無く。おとなしくりんご飴を頬張った。もしかしたら円堂から繋いでくれるかもしれない。でも、待ってるだけでいつまでも手を繋げずにいたら、多分俺は後悔してしまう。
理由をつけるか?「はぐれそうだから」?手を繋ぎたい気持ちが見え見えじゃないか。いや、手は繋ぎたいんだけども。そもそもそんなこと言う勇気無い。何か、きっかけがあれば。
(…りんご飴、りんご飴食べ終わったら、)
俺から手を繋ぐ。よし、そうしよう。そんなことを思っている間にりんご飴はもうすぐで食べ終わってしまう。どうしよう、どうしよう。嫌がられたら、どうしよう。
「風丸?」
頭をぐるぐる回転させていると、円堂が急に俺の顔を覗き込んできた。俺はびっくりしてしまい、後ろに飛び退いてしまった。そのとき、何かはわからないが何かを踏んでしまい、転びそうになる。こんな人混みの中で転んだら迷惑になってしまうなあ。そんなことを呑気に考えて衝撃に備えていると、俺の手を力強く、円堂が掴んだ。俺はぎりぎりのところで体制を立て直すことが出来、転ばずに済んだ。
「ったく、何やってんだよー」
「すまない、ありがとう円堂」
転ばずに済んだことをほっと安心して、俺は円堂と手を繋いだままであることに気がついた。
「え、円堂、手」
「…はぐれそうだし、風丸危ないからこのまま繋いでる」
「……………え、」
「………というのは建前で、本当は…風丸と、手、繋ぎたいから…………」
円堂は片手に持ったりんご飴と同じような色の顔を俯かせる。ぎゅ、と握られてる力が少し強くなった。
円堂も、同じだったんだ。
「…嫌か?」
「ぜっぜんぜん」
勢いよく首を横にぶんぶんと振った。すると円堂はにかりとはにかんで、そのまま俺を引っ張って歩き出した。カラコロ、と下駄の音が響く。
円堂はほんと、俺が言えないことを言ってしまうなあ、と心の中で悔しがった。
「…俺も、きっかけが欲しかったんだ」
円堂がぽつりと呟いた。表情は見えないから、どんな顔をしているかわからない。ただ、耳は真っ赤に染められている。
「…円堂も、同じなんだなあ」
「へ?何か言ったか?」
「何でもない」
俺は照れ隠しに、残りわずかのりんご飴を頬張った。