膝の上の温もりが愛しい
あの後、すっかり食欲がなくなったので雑渡さんにはわるいけど温めていた夕飯には手をつけずお風呂に入ってすぐベッドに転がった。
なかなか寝つけず、寝返りを何度もしているうちに玄関の方から音がして叔父さんが帰宅したのがわかったけど出迎えをすることは出来なかった。
朝になってリビングへ行っても雑渡さんは出社した後でダイニングテーブルに置き手紙があった。
『夕飯食べてなかったけど、お腹の調子でも悪い?薬を置いておくから辛かったら飲みなさいね。今日は早く帰るから』
という文面だった。
普段なら喜んでいただろうが今の俺にはむしろ恐怖しかなかった。
昨日の女性の話をするのだろうか?新しく家族が出来るからもう俺はいなくてもいい?せっかく、雑渡さんや留ちゃんといられるって、独りじゃなくなるはずだったのに。
(俺…結局、自分のこと考えて雑渡さんの幸せ願えないでいる…)
自己中な自分に嫌気がさした。
+++
「貴様、私を無視するとは良い度胸だな。洗いざらい吐け」
昨日の女性とこれからのことをぐるぐる考えているうちに今日の授業が終わっていて俺は何故か昨日会った美少女に掴みかかれていた。ぼんやりしていたかもしれないが別に無視なんてしていない。
俺が歩いていた前方で彼女となんと横田が話をしていた。彼女と目が合ったのはわかったが、話し中だったので会釈だけして通り過ぎようとしただけだ。彼女的には無視だったらしい。
帰宅して留ちゃん家へ向かうはずが美少女に引きずられて近くの公園まで来ていた。掴まれたままの襟元が少し苦しい。
「吐くって…何、を?」
俺がそう聞くと彼女は眉をしかめチッと舌打ちをした。見た目とのギャップが凄い。
呼吸が楽になったと思ったら次に両頬に柔らかい手のひらの感触があった。彼女の行動の意図がわからず頭に疑問符を浮かべていると彼女が真剣な面持ちで口を開いた。
「何があった?」
その質問に身体が固くなったが自分の頬を優しく撫でる感触にゆっくりと緊張がほぐれていく。美少女はとても人の感情の機微に敏感らしい。
俺は会ってまもない女の子にここ最近で起きた出来事を洗いざらい話していた。彼女は俺が話している間中、ずっと俺の頬をゆっくり優しく撫でていた。全て話終わると彼女はハンッと鼻で笑った。
「…貴様の家族の定義はなんだ」
「て、いぎ…?」
「血が繋がっていることか?紙面上で家族だと認められることか?」
「違う!!家族とかじゃなくてっ…俺と叔父さんはお互い゙独り゙だから…!!」
「だから、もうお前もお前の叔父御さんも゙独り゙ではないだろう」
「え……?」
本気でわけがわからないという顔をしている俺に彼女はため息を一つ吐いた。
「叔父御さんにはお前が、お前には叔父御さんがいるだろう。独りではない。」
「…………あ、」
『名前が家に来てくれたら私、寂しくないな』
『俺が、一緒なら寂しくないですか?』
『! うん、凄く嬉しいな』
雑渡さんは最初から意思表示してくれていたのに、俺が勝手に不安がって…気づいたらしい俺の反応を見て彼女は満足げに笑った。
「お前と叔父御さんはもうとっくに独りじゃないし、家族だろう?」
「…ッ!!…ゔんっ……うん!!」
ただただ嬉しくて涙が止まらなかった。
+++
「…ただいま」
「名前…遅かったね。心配したんだよ?」
「雑渡さん……」
いつもより遅い時間に帰宅すると雑渡さんは既に家にいた。寄ってきた俺の頭をくしゃりと撫でてくれる。少し、勇気が湧いた。
「あの…俺、」
「うん?」
「まだ…雑渡さんのか、家族でいたいです…!め、迷惑はなるべくかけません!!だからっ新しい家族が出来てもっ」
「名前、名前。途中でゴメンネ。でも、」
「は、はい…」
「新しい家族って、何?」
「え……」
俺は昨日の女性のことを雑渡さんに話した。雑渡さんは俺から話を聞き終えると右手で顔をおおい、首を振った。
「そんなことが…いや、うん。それは私の責任でもある。大丈夫、名前…私は暫く名前以外は必要ないから」
「そ、そうですか…」
思わず安堵のため息が出た。
そんな俺を雑渡さんは自身の膝の上に乗せてぎゅっと抱きしめる。
「…有り難う名前、私を君の家族にしてくれて。」
「…………………。」
俺は何を言うわけでもなく、雑渡さんに答えるようにキツく抱きしめ返した。
(人肌ってあったかい)
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