経験上、美人は毒と棘しかない

「おい名前、どこ行くんだよ?」

「留ちゃん…と、図書室だよ」

「……あーお前本読むもんなそうか。でも、あんまり放課後に図書室行かねぇ方がいいぞ」

「? な、んで」

「あいつが居るかもだし…そうなるとなぁ…あいつがなぁ」

「……?」


友達が出来た。そういうと雑渡さんは少し目を見開いた後、良かったねと言ってくれた。女の子だと言ったら今度私にも会わせてねと言われてた。
学校へ行くたびにすり傷や打撲を増やす俺を心配してくれていたらしい。最近は忙しそうにしていたから心配を減らせる報告が出来て良かった。今日もきっと帰りは遅い。



放課後の図書室は静まりかえっていて落ち着く。留ちゃんと一緒にいることが増えて嬉しい反面、一人になりたいと思う時が出来た。前では有り得なかったことで少し戸惑う。


「誰だ?」


肩が震えた。
よく響く声に支配されるように動けなくなった。間違いなく命令する側の雰囲気をまとったそれは図書室の奥の窓側から聞こえ、ゆっくり首だけ動かすと女の子が一人いた。
物凄く綺麗な子だった。
長い黒髪をツインテールにしてリボンをしており可愛い。肌は小学生なら逆に不健康なんじゃないかってくらい白い。涼やかな目元は利発そうでスッと伸びた背筋や立ち姿は気品すら感じた。小学生なのに。


「…………。」

「なんだ、じろじろ見て」


目を合わせたまま動かない俺を不審に思ったのか彼女の眉間が寄る。


「言いたいことがあるならさっさと言え」

「……す、凄いね!」

「?」

「俺っこんなに綺麗な子初め、て見た!!」


それだけ言うのがやっとなくらい俺はなんか感動していた。
俺のつたない一言は十分伝わったらしく、彼女は愛らしく目をぱちくりとさせた後ニヤリと笑った。


「転校生はずいぶんと素直だな」


その表情がすごく様になっていてまた驚いた。それと、俺を知っていることにも。
上機嫌にクスクス笑う彼女は俺のことを頭のてっぺんから足の先までじっくり見ると一言「また来い。」と言った。
やっぱり命令する側のそれだった。


+++


帰宅し叔父さんが用意してくれていた夕飯を温めていると、チャイムが鳴った。時計を見ると20時を過ぎている。
この時間にチャイムを鳴らす人物は誰だろうか?
叔父ならチャイムなんて使わないし、山本さんは合鍵を所持している。では一体誰が?
不安を煽るようにチャイムが更に二度なった。
そこで玄関にある覗き穴を思い出す。ちょっと覗いて、宅配ならちゃんと受け取って雑渡さんの知り合いの人だったらいない旨を伝えよう。普段、来客の応対や荷物の受け取りなどは全くしないが(雑渡さんが何故か凄く嫌がる)ちゃんと出来たことを知らせればまた少し、雑渡さんの心配を減らせるかもしれない。思い至った考えに気持ちが浮上し、さっそく覗き穴から外を見る。


(………女の、人?)


予想外の相手に狼狽えた。
取り敢えず応対しなくては。
玄関の鍵を開けてドアを開くと女性の顔に喜色が浮かぶが、俺に気づくとすぐに眉をひそめた。雑渡さんよりいくつか年下だと思われる綺麗な人だった。今日は綺麗な人に縁がある日だ。


「……雑渡さんは今日は仕事で遅くなるのでいません」

「そんなの知ってるわ。だから来たのに…君は?」

「…?雑渡さんの、甥です」

「そう。最近そっけなかったのは君のせいかしら?お父さんとお母さんは?ここへはよく来るの?」

「……………。」

可愛らしい容姿なのに発せられる言葉はどこまでも冷たい。

「? とにかくね、これからはあまりここには来ないでもらいたいの。昆奈門さんは大人でしょ?色々あるのよ」

ニッコリ笑った顔は可愛いはずなのに何か嫌な感じがした。

「………お姉さん、は?」

「私?私は昆奈門さんの彼女…とは少し違うかしら?そうねぇいずれは一緒になる予定なの。」


一緒になる、ということは結婚ということだろうか?ふと見ると女性は後ろ手に大きなバッグを持っていた。…そうか、雑渡さんはこれから自分の家族を作っていくのか。良かった、雑渡さんは独りじゃなくなる。


「それじゃあ今日は帰るけど、お願いだから次来る時はいないでよね?」


でも、そしたら俺は。

目の前で閉まる玄関ドアに閉め出されたのは自分のような錯覚を感じた。




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