路地裏にて、初恋。
夏休みが終わり、2学期が始まってから俺のクラスに転校生がやってきた。
転校生はなんか…陰気な奴だった。
『△×小学校から来、ました…名字、名前です……』
それっきり俯いて喋らなかったし、何か言おうとするんだが結局、口には出さなかった。
身長は平均くらいで細身だったので弱そうな奴、と次に思った。特徴といえば頭にある大きなガーゼとネットがしてあるくらいで、あれは前の小学校でイジメられていたからじゃないかとか、だからこっちに来たんじゃないかとか噂になった。
クラスで奴は早い段階から浮いていた。転校生なんて、だいたい注目の的で色々質問攻めにあうもんだがそこからもう失敗。何を聞いてもどこか上の空だし、自分のことを話したがらなかった。何というかそれは「早く新しいクラスに馴染もう」なんて意志は見えない所か俺達を拒否しているようにも感じて……あまり良い感じはしなかった。いつしか奴には誰も寄りつかなくなったが奴は気にした素振りもなく教室の端の自分の席で読書ばかりしているようだった。
その態度が、気に食わなかったのかもしれない。
「留ちゃん今日も道場なの〜?たまには一緒に遊ぼうよー」
「悪ぃ!また今度な!!」
俺は「女の子同士の遊び」が苦手だった。だから道場とかを理由に、そういう誘いからよく逃げていたから見つけられたのかもしれない。
「何とか言えよ名字!!」
「何無視してんだよ!!」
下校中、聞き覚えのある声に通学路から一つ入った所にある路地裏を覗くとクラスでも横柄な態度で女子からウザがられている男子とその子分?達が名字をいたぶっていた。多勢に無勢である。それなのにあいつときたらただ身体を縮こませるだけで反撃しようともしない。顔を庇っているのが印象に残った。名字を蹴ったり殴ったりしながら男子達は悪口を言っていく。ウザいだのキモいだの陳腐な言葉が続く中、明らかに名字が反応した言葉があった。
「お前なんか死ねばいいのに」
当たり前かもしれないがこの言葉に名字は身体をカタカタと震わせ出した。その様子を見てゲラゲラと周りは下品に嘲笑う。
気付いた時には身体は動いていて、まず一番いけ好かないデカイ奴に後ろからとび蹴りをかまし、顔面を殴ってから鳩尾にも一発、それから子分達を一人一人平等に殴っていく。気がすんだ頃には男子達はほとんど半泣きで「バーカ!!留三郎の男女ーーー!!!!」という捨て台詞を残して逃げていった。あいつら懲りてねぇな。
名字はというと、いきなり何が起きたのか理解出来なかったのか暫くポカンとした顔で俺を見ていたが俺が何か言おうとするとハッとした顔をして周りを見回し、落ちている物を拾い始めた。ランドセルの中身をぶち撒けられたのだろう。筆記具や教科書が散乱していた。慌てて手伝おうと傍にあった本を拾う。
(猿でもわかる家事入門…?)
小学生男子が読むには不似合いなタイトルだ。思わずジッと本を眺める。
「あ、の……」
「あ?」
かけられた声に返事をすると名字がランドセルを抱えてワタワタしていた。どうやら残りはこの本だけらしい。名字に本を手渡す。キョドりながらも名字が口を開く。
「よっ横田達、あり、がとう」
女子にウザがられている男子は横田といったか
「別にいいけどよ、俺もムカついたし。お前はあそこまで言われてなんで言い返さねぇんだよ?」
「……言い、返す?」
「おう。男なら反撃しなくてどうすんだよ」
名字は何か考えるように俯いた後、首を横に振った。
「横田、は間違ったこと……言ってない、から」
「はぁ?」
「俺はただ…本当にっ雑渡さん、に…迷惑を」
気がついたら殴っていた。
なんかざっとさん、とか迷惑とか気になること言ってたけど。名字の胸ぐらを掴む。
「おい、間違ったこと言ってないってお前、自分は死んだ方がいいとか思ってんのか?」
「……そうじゃ、なくって」
「じゃあ何なんだよ!!!!」
「……っ俺、じゃなくって…横田とか、が俺のこと…そう思うのは仕方ないって、思う。俺も父さんと母さん……なんでっ俺だけ、なのか疑問だしっ結局…っ雑渡さん、をひ…独りにしてしまっでるかもじれないしぃ…っ」
そこまで話すと名字はボロボロ泣き出した。正直、何言ってんのかさっぱりわからないままだが。
俺は手で乱暴に名字の涙をふく。名字はなんかう"っとかえ、とか言ってる。
「男がそう簡単に泣くな」
よく知らないことについて言うのは避け、今はそれだけ言いたかった。名字は鼻をすすりながら俺を見て言った。
「…留ちゃん……可愛いのにカッコイイ、ね」
「………、…………は、はぁ!!?」
可愛いなんて言われ慣れない言葉に俺はただ動揺した。一気に顔が熱くなる。
「ごっごめ…俺、名字知らなくて、前に他の女子がそう呼ん「そこじゃねぇよ!!」………えっと?」
いや確かに名前も…いやそれよりこいつも俺がさっき男女とか言われてたの聞いてたはずなのにかわっ可愛いとか…!!あ〜畜生っ!!
何もわかってないらしい名字は頭に沢山クエスチョンマークを浮かべて小首を傾げている。一人赤くなってぐるぐる考えてる俺、格好悪ぃ…
「俺!食満留三郎っよろしくな!!」
照れ隠しに大声で名乗って、片手をさしだしたら名字はきょとんとした後、柔らかく笑った。
握った手は驚くほど冷たかった。
(あの…食満さん)(…なんだよ)(?…俺もと、留ちゃんって呼んでいい?)(!!いいに決まってんだろ!おっ俺も名前って呼ぶし…)(あ、うん。)((こいつ照れたりしねぇのかよ…))
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