理解したくない理不尽なこと
※死ネタ注意
その日は本当によく晴れた夏の日だった。父さんが「ドライブに行こう!」と行ったので暑いのにおでかけしたんだ。入道雲がもくもくと浮かんでて母さんは「布団を干してくればよかったわ」なんて言ってた。俺は夏休み入って初めての家族行事がとても嬉しかった。
父さんはなかなか忙しい人で家にあまり居なかったが、家庭を大事にする人でたまの休日には母さんの代わりに料理を作り、俺と遊んでくれた。
母さんはしっかりした人だったけど少し、茶目っ気があった。息子が9才になるというのにいつまでも新婚みたいな人達で俺がどちらに似てるかでよく喧嘩していた。「笑顔が君似で可愛い」とか「違うわ、雰囲気が貴方似でほんわかしているから名前は可愛いのよ」とか言ってた。俺はそれを聞くたび恥ずかしかったけど、胸がキュッとして嬉しかった。本当に、幸せだった。
一瞬だった、何もかも。カーブしたらもう目の前に大きなトラックが迫ってきていて、驚いていると母さんに強く抱き締められた。間もなくして車に凄い衝撃がきて揺れて、頭を何度か打った俺の意識はそこで途切れた。
目が覚めたら病院のベッドの上で呼吸器と点滴がついてた。頭には包帯が巻かれ、動くとズキズキと痛んだ。隣に目をやるとベッド脇のパイプ椅子に母さんの義弟の「雑渡さん」がいた。予想外の人物に驚き目を見開く。
雑渡さんとはたしかこれで会ったのが三度目だ。一度目は俺が歩きもしてない時期らしく俺は覚えていない。二度目は俺が小学校にあがる前でひょっこり家にきた。なんとなく気になってずっと近くで見つめていると「子供には怖がられるんだけどなぁ」と言いながら俺を撫でてくれた。正直、怖くなかったと言えばちょっと怖かったが優しい手つきなのにどこかぎこちなくてそれに笑うと今度は雑渡さんが俺をジーっと見つめてきて、ぎゅーっと抱きしめられた。その後、母さんに「この子、ちょうだい」と言って「ふざけんな」と言われていた。
雑渡さんは俺が起きたことに気づくと俺の頬に触れ、小さく息を吐いた。
「良かった、生きてるね」
父さんよりも骨ばった手が優しく頬を撫でる
「………父さんと母さんは?」
雑渡さんの手が止まった。
暫く沈黙が続く、その間雑渡さんはずっと俺を見ながら何かを考えているようだった。
「名前、今から言うことを理解しなくてもいい、でもゆっくり受け入れていくんだ。いいね?」
言われたことはよくわからなかったけど頷いておいた。寝起きだし、頭はズキズキ痛いし、そんなに頭は働いてくれない。
「事故にあったんだよ。一方的なトラック側の過失だ…名前達は悪くないってこと。」
雑渡さんは俺を気遣ってゆっくりと話す。俺の頭は未だズキズキと痛む。まるで雑渡さんの話を拒否しているようだ。思わず眉間に皺が寄り、片手で頭をおさえた。
「頭、痛む?医者を呼んでこようか。起きたこと知らせないといけないし」
「……いいです。話、聞かせて下さい」
雑渡さんは俺の頭を一撫でして両肩を優しく掴んできた。何を考えているのかわからない人だけど、こういう所を見ると優しい人なんだろうな、と思う。
「名前のお父さんは亡くなられたよ。…即死だったそうだ」
静かな病室にはよく響いた。
そういえば今は夜なんだろうか。部屋は薄暗いし夏なのにひんやりしている。
「………名前のお母さんは息はあるけど正直、危ない」
「………………ぁ、」
やっと絞り出せた声はそれだけだった。
+++
火葬場の入口の隅の椅子に座って俺は一人、母さんの最後を何度も何度も繰り返し思い出していた。
沢山の機械に繋がれた母さんはお人形のようだった。肌が見えている所は殆どなく、部屋と同じ白で埋め尽くされていた。それだけで母さんが凄く遠くに感じ、俺は横に立って呼び続けた。母さん、母さんと呼んでいたら何度目かになって母さんがゆっくり目を開けた。暫くは視線をさ迷わせていたが視界に俺を捉えると一度目を閉じ涙を流した。不思議なことにあれほど何度も呼んでいたのにいざ母さんが起きたら言葉が出てこなかった。指が少し動いていることに気づき、両手で握る。いつも俺に触れてくる母さんの手は温かかったのに凄く冷たい。不安になってギュッと握って母さんを見ると少し困った顔をしているようだった。
「………母さんっ」
頭の何処かで解っていた。あぁ、もうお別れなんだって。でも信じたくなくて、母さんに否定して欲しくてやっと呼びかける。母さんは何回か何かを言おうとしたが、言葉にならず口を閉じて目を閉じた。少しのことがとても疲れるらしかった。暫くして母さんの病室に雑渡さんが入ってきた。それに反応して母さんがまたゆっくり目を開く。俺のそばに立って母さんを覗き込む雑渡さん。母さんは俺と雑渡さんを視界に捉えると目を細め、笑った。
それが母さんの最後だった。
その後はよく、覚えていない。
「名前」
目の前に雑渡さんが立っていた。
「おいで、名前」
言われて広げられた両腕にゆっくり近づくとグイッと抱き上げられた。そのまま痛いくらい抱き締められる。
「お願いだから一人で泣かないで」
どうやら俺は泣いていたらしい。自覚するともう駄目でボロボロと涙は溢れ嗚咽が出る。
「とっ父さんとっかあさん、もういっいない」
「うん」
死んだという言葉は使いたくなかった
「どうじてっ俺だけ…!……怖いよ゙っ」
「……………。」
「独り、になっ…で!!どうっしだら゙!おれ、ごわ゙い゙ぃ…!!!」
不安を口に出すとさらに怖くなってきて、ギュウギュウ雑渡さんに抱きついた。顔から出るもの全部出して喪服の黒いスーツが凄いことになっているのに雑渡さんは俺に応えるようにぎゅうぎゅう抱き締め返してくれた。
暫くするとスッキリして今度は抱き上げられている現状が気になってきた。俺、今年で9才になるのに。
「雑渡さん、あの…「名前」…ぇ」
じっと俺を見つめてきたのでとりあえず返事をした。
「はい…?」
「一緒に住もう名前。私も独りなんだ」
「え………」
「名前が家に来てくれたら私、寂しくないな」
どう?と聞いてくる雑渡さん。
俺は雑渡さんも独りなんだ、とか今まで独りで寂しかったのかな、とか考えた。祖父母は早くに亡くなったと聞いていたので施設という場所に行くのだとばかり思っていた。雑渡さんと住む………想像出来ない
「俺が、一緒なら寂しくないですか?」
「!うん、凄く嬉しいな」
「…………一緒に住みます。よろしく、お願いします」
想像は出来なかったが多分大丈夫だと思った。優しさは伝わってきていたし、何より必要とされていることが嬉しかった。こちらこそ、宜しくねと言った雑渡さんは相変わらず片目と口元しか見えていなかったけど垂れ下がった目尻から嬉しそうに笑っていることがわかって、俺も笑った。
こうして俺は叔父、雑渡昆奈門と暮らし始めたのである。
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