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繋いだ手だけは優しかった



はあぁ、と自分の両手に白い息を吐きかける。
それだけで一気に手の体温は上がるものの、体の芯にまで突き刺さるこの寒風では一瞬で意味の無いものとなってしまう。
首に巻かれている白いマフラーを鼻先まで引っぱりあげた。

「お前、中で待ってろって言っただろ、轢くぞ」

物騒な言葉とともに後頭部を軽く叩かれ、慌てて振り返れば不機嫌そうに眉間に皺を寄せた宮地先輩の姿があった。
近付いてきたことに全く気付かず、私は驚いて目を見開いた。

「宮地先輩、痛いです…」
「お前が俺の言うこと聞かねぇのが悪ぃんだろ」
「体育館の中でなんて待てませんよ、私部外者ですから」
「いーんだよ。お前は黙って俺の言うとおりにしとけっての」
「…おうぼう」
「んー?何か言ったかー?(笑顔)」
「何も言ってないです」

何も言ってない、って言ったのに結局頭に拳骨をもらった。
もちろんいつも高尾くんがもらってるようなキッツいヤツじゃなくて、もっと軽いヤツ。
やっぱり手加減してくれてて、そんな些細なことにさえ嬉しさを感じてしまう。
マフラーでニヤけた口元を隠していれば、するりと握られた私の左手。
宮地先輩の手の温もりに頬を緩ませながら、その手をギュッと握り返した。





宮地先輩は私の歩調に合わせてくれて、ゆっくりと二人並んで歩いていく。
太陽は一日の仕事を終え、もう既に沈んでしまっている。
陽が落ちるのが早いこの時期、あたりはもう暗くなってしまっている。
他愛もない話を交えながら歩く中、私はふと寂しさを覚えた。

「美緒、どうした?」

私の感情の変化にすら簡単に気付いてしまう優しい宮地先輩。
不思議そうに、心配そうに、私の顔を覗き込む先輩を見て、ぎゅっと胸が締め付けられる。

「こうやって、先輩と手を繋いで帰れるのも、あと少ししかないんだなって思ったら…なんだか寂しくて…」

漠然と思っていたことだけに、言葉にしてしまったらその時が近付いていることに気付かされて、思わず左手に力を込めた。
自分はどうしてあと1年早く生まれてこなかったんだろう、と悔しさ。
寂しいのと悔しいのとで、モヤモヤとして胸の中、なんだか無性に泣きたくなってしまった。
宮地先輩を困らせることはわかってたから、もちろん泣きはしないけれど、覗き込む先輩に今の表情を見られたくなくて、空いている右手で顔を覆った。

「…ばーか」

ぶっきらぼうに言う宮地先輩の声が聞えてきた。
刹那、私は繋いでいた左手を引き寄せられ、力強く抱きしめられた。
突然のことに驚き言葉も出なかった。

「お前を置いてったりしねーよ」
「っ、…宮地先輩……」
「俺が卒業したって、何も変わらねーよ」

私の背中をあやすように撫で、私の好きな穏やかな声でそう言った。
その言葉は嘘でも何でもなくて、きっと本当に先輩が卒業してしまっても何も変わらないんだろう。
でも、それでも、いつも側にいることは出来なくなる。
校内で偶然遭遇したり、お昼を一緒に食べたり、授業をサボって二人で会ったり…当たり前だった日常は当たり前でなくなってしまう。
まだ卒業まで時間はあるとういうのに、今からこれでは、私は本当に宮地先輩が卒業してしまったとき、どうなるんだろう。

「先輩、」
「ん」
「…大好きです」
「俺も」

先輩の着ていたコートをギュッと掴み、先輩を見上げた。
わがままを言ってどうなることじゃない、だから先輩を困らせたくはない。
涙を我慢して見上げた宮地先輩は、眉を下げてとびきり柔らかく笑っていた。
落ちてきた口付けを拒むことなく受け入れる。


きっと、宮地先輩がこんな風に笑うことがあるっていうことを、ほとんどの人は知らないんだと思う。
私だけが知ってること。
今は、私しか知らない宮地先輩があるって思えたら、頑張れる気がする。

「宮地先輩」
「なんだよ?」
「大好きです!」

ほんのり顔を赤く染めた宮地先輩に頭を撫でられる。
いつもより少し強く撫でられたその手に、ほんの少し泣きそうになった。







繋いだ手だけは優しかった
(離す気なんてない)




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