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後ろ髪に嫉妬して、恋

ここんところ、俺は絶好調だった。


授業は寝ないしサボらないし、予習もしてくる。
練習なんかセンパイ達が不思議がるほどの異常なやる気を出す。
いいことのはずっスけどね。
試合になればダンクなんて何本も決めるし、トリプルダブルなんてお手のもの。


もう1度言う。
俺は絶好調で、ご機嫌だったんだ。
その理由が、

「あ、美緒センパイ!」
「黄瀬くん、部活お疲れ様」

俺の好きな人、桜木美緒センパイだ。
廊下で会ったあの日以来、俺は美緒センパイとほぼ毎日一緒に帰っている。
といっても、付き合ってるわけじゃないから俺が勝手に待ち伏せしてるだけ。
…なんかストーカーみてーっスね。
別にストーカーじゃないっスけど!

「また待っててくれたの?」
「当然っス!夜道は危ないっスからね」
「ふふ、ありがとう」
「じゃ、行きましょっか!」

さっきも言ったように俺とセンパイは付き合っているわけではないから、手をつなぐとか、腕を組むとか、そういうことはしない。
男女が隣を歩くには少し遠く感じる距離が、寂しいような、でもなんとなくむず痒いような、心地よいような、そんな不思議な感覚だ。
なんてことないくだらない話でもセンパイは笑って聞いてくれる。
センパイと過ごすこの時間ががすごく幸せで、これが俺を日々絶好調にさせる原因だった。



***




とある日、前日の撮影が遅くまでかかり、ほとんど寝てない状態だった俺は、久しぶりに授業をサボろうと屋上にいた。
給水塔の上で寝転び、目を閉じればすぐに睡魔が襲ってきた。


…しばらく寝ていれば、突然扉の開く音がして、その音で俺はうっすらと目を開けた。

「授業中にごめんな」

入ってきたのは生徒らしく、小さくぼそぼそと話し声が聞える。
特に気にもせず、先生じゃなかったことにほっとしながらもう1度目を閉じた時だ。
聞き覚えのある女子特有の高めの声に、俺の睡魔はいともたやすく消え去った。

「ううん、平気。どうしたの?」

それは、俺の大好きな美緒センパイの声だった。
美緒センパイに話しかけた声は、明らかに男のもので、俺は飛び起きてセンパイを見る。
俺に背を向けるセンパイは、俺のいる給水塔とは反対側の方へと歩いていく。
遠ざかっていくおかげで、もう何を言っているのかは聞えない。
じっと見つめていればセンパイの口が動いて何かを言い、センパイの細い指が男の肩に優しく触れた。
誰がどう見たって、美緒センパイが男をただ励ましているような手の動きだった。
けれどそれ見た瞬間、俺は今すぐ美緒センパイの腕を掴んでここから連れ去りたい衝動に駆られた。
飛び降りようとする自分を必死で抑え込み、何度も言い聞かせる。


落ち着け、落ち着け。
俺は美緒センパイと付き合っているわけじゃない。
だから、美緒センパイの交友関係に口出しする権利は俺にはない。
もしかしたら俺が知らないだけで、美緒センパイはあの男のことを好きなのかもしれない。
もしかしたらあの男も…。
俺は痛いくらいに拳を握り締めて我慢した。
だけど、男の手が動いて、美緒センパイの長くて綺麗な黒髪に触れたとき、ぷつっと頭の中で何かが切れた気がした。



気付いたとき、俺の目の前には美緒センパイと男がいて、俺はセンパイの腕を掴んでいた。
目の前で驚いたように目を見開く男を睨みつけて、美緒センパイが俺を呼ぶ声さえシカトして、そのまま屋上を出た。


何度も俺を呼ぶセンパイを連れてきたのは空き教室。
中に入って入り口を閉めると、そのままセンパイを壁に押しつけた。

「黄瀬くん…?」

困惑するように眉尻を下げ、俺を見上げる美緒センパイと目が合った。
何もかも見透かされているようなその瞳を見たら、何故か頭がすっと冷めた気がして、俺は冷静になった。
壁に押し付けたいたセンパイの腕から手を離し、俺はその場にしゃがみ込むようにしてうなだれた。

「あ゛ー…」
「わ、黄瀬くんどうしたの?」
「いや、なんでもねっス…連れ出しちゃってすいませんっス」
「大丈夫だよ、でも突然どうしたの?顔上げて?」

顔上げるなんて無理っスよ。
だって今の俺、めちゃくちゃカッコ悪ぃ。
嫉妬心丸出し。
男ならもっと余裕持てよ、って話だよ。
こんなカッコ悪い自分、美緒センパイに見せたくなくて、両手で顔を覆った。


「黄瀬くん、顔見せて?」

さっきよりもすごく近くで美緒センパイの声がして、驚きで思わず覆っていた手をどける。
すると、俺と同じようにしゃがみこんだ美緒センパイが目と鼻の先にいて、俺の顔はきっと赤くなったと思う。
ここまできたらもうヤケだ、そう思って、俺は俯きながら口を開いた。

「美緒センパイ…あの男、誰っスか?」

こんなんマジカッコ悪すぎる。
センパイの顔を見れなくて、ただひたすら床を見つめる。
少し間が空いたと思ったら、ふっと美緒センパイの笑い声が聞えてきた。

「え、何で笑ってんスか」
「ふふ、だって、黄瀬くん可愛くて…」
「可愛くなんて、ねぇっスよ」
「屋上にいたのは、サッカー部部長の駒形くんだよ」
「サッカー、部…?」
「うん、最近部員が上手くまとまらなくてね、相談を受けてたの」

いつかの帰り道、美緒センパイに部活に入っているのか聞いたことがあった。
もし帰宅部とかだったらバスケ部のマネージャーやってくんないかなー、なんて下心があったのを覚えてる。
その時返ってきた答えは、“サッカー部のマネージャー”だった。

って、ことは…

「…マジすいません、ホントごめんなさいっス」

完全に俺が一人で嫉妬してただけってことだ。
部長とマネージャーが相談事、なんてよくあることだ。
赤司っちと桃っちだって、よく2人で喋ってったじゃないか。
それを勝手に勘違いして、勝手にその相談相手に嫉妬して、挙句勝手にセンパイを連れ出すって…。
ダサすぎる、マジありえない、俺。

「ふふふ、黄瀬くん、嫉妬したの?」
「…悪いっスか」

図星を言い当てられ、俺はふてくされて答える。
嫉妬したなんて認めてしまったら、俺の気持ちもろバレな気もするけど、否定することなんかできない状況だ。
誰がどう見たってただの醜い嫉妬。
何度でも言うけど、モデルとは思えないほど自分がカッコ悪くて仕方がない。
だけど、次に美緒センパイから紡がれた言葉に、俺の思考は停止した。



「悪くないよ?だって私、嬉しかったもの」
「へ…?」

今、美緒センパイ、嬉しかった、って…。
俺が嫉妬して、それが嬉しいって…それって、どういう意味?
…期待、していいの?
放心状態で目を見開く俺に、センパイはしな垂れ落ちる黒髪を耳にかけ、笑って続けた。

「私ね、黄瀬くんのこと、好きだよ」

ほんのりと頬を染めた美緒センパイは、とびきりの笑顔で俺に言った。
突然のことに頭がついていかなくて、好きな人に先に言われたっていうのも悔しくて、でも言われたことが嬉しすぎて夢かと思えて、でもやっぱりそれは現実で。
ぐちゃぐちゃな頭のまま、ただ本能的に美緒センパイに腕を伸ばし、そのまま俺の胸へと引き寄せた。
ガタンと側にあった机が音を立てたけど、そんなの気にならなかった。

「それ…マジっスか?」
「うん、マジだよ」
「…俺も、初めて会った時から、大好きっス」
「ホント?嬉しい…」

腕の中にある温もりをなくしたくなくて、俺のものにできたことが嬉しくて、強くギュッと力を込めた。
それに応えるように背中に回された腕に、喜びが増す。
もう1度強く抱きしめた後、そっと腕から離す。
正面から見た美緒センパイは恥ずかしそうに俯いていて、長い髪がセンパイの顔を隠してしまっている。
俺はその髪にそっと触れて、センパイの顔を両手で包みこむようにして、俺と視線を合わせた。
美緒センパイは頬を薄くピンク色に染めて、照れくさそうに笑っていた。
その表情が愛しくて愛しくて、俺はそっと美緒センパイの額に口付けて、すぐにまた抱きしめた。

「センパイ、マジ大好きっス!」
「私も、黄瀬くん大好き」

2人だけの教室に静かに入り込んだ風が、俺の大好きな美緒センパイの黒髪を優しく撫でた。



後ろ髪に嫉妬して、恋




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