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現実は置き去り


「総司!今日の夜ちょっと付き合って!」
「え、ちょっ…また?」

朝、会社に出社してくるなり、同じ部署の僕のデスクまでつかつか歩いてきたと思ったら、一言言い放って背を向ける美緒。
その眉間には深い皺が刻まれ、余程不機嫌なのだろう、仲の良い平助にすら素っ気ない態度を取って平助を困らせている。
僕はその様子を見て、小さく溜め息を溢した。
また今日もやけ酒になるのか…。
そんなことを考えながら仕事をこなした。


定時通りに今日の分の仕事を終え、美緒のデスクに目を向ける。
しかし、彼女の姿はそこにはなく、ポケットの中で携帯が震え出す。
取り出してメールを確認すれば美緒からで、《下で待ってるから早く!》一言そう書かれていた。
携帯を閉じ、ポケットに入れながら僕は会社のエントランスに向かった。
エントランス近くのベンチに座っていた美緒は、僕の姿を見つけるなり不満そうに口を尖らした。

「総司遅いっ!」
「美緒が早すぎるのが悪いんでしょ」
「だって早く話聞いてほしいんだもん。さ、行くよ!」そう言って、僕の前をさっさと歩いていく美緒。
その小さな背中を見つめながら、僕は黙ってついて行った。



***




「“俺にはお前だけだよ”って言ってくれたのに、いつの間にか他の女がいたんだよ!?」
「寂しいって何回も言ったのにさぁ…」
「挙げ句の果てに逆ギレし出すし!」
「あたしは結局、遊ばれただけだったんだよ…」

僕と向かい合わせに座り、さっきからマシンガントークのごとく喋りっぱなしの美緒。
片手にはウーロンハイのジョッキ。
話す内容はといえば、つい先日捨てられた男の愚痴。
話すだけ話した美緒は残っていた酒を一気に飲み干し、店員におかわりを注文していた。


こうやって、美緒のやけ酒に付き合うのは初めてじゃない。
美緒はちょっと男運がなく、ダメな男ばかりを引っ掛けてはフラれ、引っ掛けてはフラれを繰り返している。
フラれる度に僕をやけ酒に付き合わせて愚痴を吐く。
美緒は飲みたいだけ飲んでスッキリできるんだろうけど、付き合わされる僕の身にもなってほしい。
というか、僕の気持ちも考えてもらいたい。
何が悲しくて好きな子の元彼の愚痴なんか聞かなきゃならないんだ。
美緒に気付かれないように小さく溜め息を吐いた。




***




「あ〜スッキリした!総司、付き合ってくれてありがとう!」
「どういたしまして。次はないからね」
「ないない!次は本っ当にイイ男じゃなきゃ付き合わないから!」

あれからも美緒の酒は止まらず、店に入る前はオレンジ色だった空は、今は真っ暗で月が照らしている。
頬を赤く染め、ふらつく足取りで駅へ向かい歩く美緒。
僕は先を歩くその手を取る。
不思議そうに見上げる美緒に「ダメだった?」と笑いかければ、ふにゃりと笑って「ダメじゃないよ」そう言った。
その笑顔を独り占め出来たらな、なんて考えてたら、僕も酔っているんだろう、つい口をついて言葉が出ていた。

「美緒ももったいないよね」
「何が?」
「目の前にいるじゃん、本っ当にイイ男」




***




きょとんとした私の目の前に、繋いだままの手を持ち上げられて、ぷっと吹き出した。

「あはははっ!イイ男って自分で言ってるし!」
「でも事実だし?」
「そうだね、否定できないのが悔しい」
「でしょ」
「うん、総司は優しいし気が利くしイケメンだし、付き合える女の子は幸せだよ!」
「ふーん。ベタ誉めだね、そんなに僕のこと好き?」
「違うよ、本当のことだってば!」
「違うの?僕は好きだけどね、美緒のこと」
「へ?…好き?」

さっきまでふざけて笑い合ってたのに、いつの間にか総司は真剣な表情をしていて、私は戸惑った。
すると、急に繋いでいた手を引っ張られ、私は総司に倒れかかるかたちになる。
顔をあげると、すぐ目の前に総司の綺麗な顔があって、

「……んっ…!」

私の唇に感じる総司のそれ。
優しく、啄むようにキスをする総司。
告白された、と言ってもまだ付き合っているわけではないし、ましてや此処は路上だ。
恥ずかしくて仕方ないのに、唇を離してほしいとは思わなかった。

「…ぅん、ん……っ…」

むしろ…ずっとこのままキスしていたい、なんて思う私はきっと酔ってるんだ。


しばらく口を塞がれて酸欠になりかけた頃、漸く総司が唇を離した。
はぁ、はぁ、と呼吸を整えながら総司を見る。
総司は、優しく微笑んで口を開いた。

「美緒、僕と付き合って?僕と付き合う子は幸せなんでしょ?僕が美緒のこと幸せにしてあげるよ」
「総司…」

総司が私に歩み寄り、私の背中に腕を回した。
そして、まるで壊れ物を扱うかのように、優しく抱き締めてくれた。

「美緒、好きだよ」

流されるようにして、私も総司の大きな背中に腕を回した。
温かくて、心地よくて、とても幸せだった。
…きっと、私は自分が知らないうちから、総司のことを好きだったんだ。
だから総司になら何でも話せた。
だから総司にたくさん頼った。
だから総司の、キスを拒まなかった。


私はいつの間にかこんなにも総司のことを好きになってたんだ。

「総司…私も、総司のこと…好きだよ」

私達は、周りの雑踏すら気にせず、抱きしめ合い、口付けを交わした。





現実は置き去り





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