「おい、それなんだ?」
「え?」

引越しの為に部屋を片付けていたら、私が開けた引き出しから、何かが転がった。
手伝いをしてくれているお兄ちゃんに言われ、慌ててそれを拾い上げる。

「これ……」

銀色に輝くそれは、小さく花の紋章が彫られた、シルバーリング。
私が5年前までつけていた、精市とのペアリング。
3つ年下の精市と付き合っていたけど、社会人成り立ての私は、毎日毎日めまぐるしく日々を過ごしていた。
それはもう、精市と合う時間も、体力も、心の余裕もないくらいに。
私は自分のことでいっぱいいっぱいで、精市のことを考えていなかったんだ。
別れようと言われた時でさえ、私の頭の中は明日の仕事の段取りでいっぱいだった。

ようやく落ち着いてきた頃になって、やっと精市の真意を知った。
私の為に切り出された別れだったこと、そう言った後もずっと私を想っていてくれてたこと。
彼の友人である柳くんから聞いたことだが、それでも自分は大馬鹿だったと後悔した。
後悔して、泣いて、謝りたくて。
でも精市は高校を卒業していたし、アドレスも消してしまったから連絡手段もなくて。
彼を嫌いになったわけじゃない別れだったから、知ってしまったら想いが込み上げてきて。
忘れなきゃいけないのに、ずっと胸の奥で燻ってた。

それがようやく、忘れられたのに。
やっと想い出に、出来たはずだったのに。
懐かしいシルバーリングを指であやしながら、きゅっと唇を噛んだ。
思い出すことは許されない。
精市に悪いと思うなら、その分幸せにならないと精市に申し訳ないと思った。
だから、胸の奥に想いを仕舞って、いくつもの恋をした。
そして、生涯共にいたいと思える人を見つけた。
結婚、するんだから。
この想いは、思い出してはいけない。

「おーい!そろそろトラック来るぞ!」
「あ…うん!」

お兄ちゃんの声に、持っていたリングを握り締める。
そして、開け放たれた窓に駆け寄り…外に、思い切りリングを投げ捨てた。
踵を返して、ダンボールに荷物を詰め始める。
遠くで、小さな音がした気がした。



思い出す
(だめ、)
(思い出したら、戻れない)








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