くじらの体温 | ナノ



五年の差、かくも残酷な時間を突きつけられた。

黄瀬涼太は望まれて生まれ、両親共に多忙ながらも確かな愛情を注がれ続けた。自分が笑えば両親は安堵の表情を浮かべ、幸運なことに身体的能力にも恵まれた涼太は親を、周りの大人を喜ばせるようなことを瞬時に判断できた。
母親の知り合いだという芸能関係者の目に留まったことも、世間一般的な親の、子への誇らしさを擽るには十分であった。
自分が両親から誇らしく思われていることも知っている。芸能活動は大変だしストレスも溜まる。しかし楽しかった。それでも、涼太にとっての世界はそこと少々つまらない学校生活の中のみであった。

転機は夏休み。
一般的な小学生の夏休みと違って涼太は仕事がどんどん増える時期、両親から海外出張の話を持ち出されたのもそんな、蝉が本格的な生を謳歌し出す時期だった。今までも似たようなことはあった。だが今回は最長でも二か月になりそうなのだという。
それまで、マネージャーをしている女性に預かってもらっていたりしたが、マネージャーとはいえ赤の他人にそこまで任せるのも気が引ける。どうにか親戚で夏休みの間だけでも、と回った結果ある人に世話になることに。

「涼太は会ったこと無いわよね、私のお母さん。涼太のおばあちゃんの実家なんだけど」

祖母の家には行ったことがあるが、そこではなく本家の方なのだという。はて、そんなに自分には親戚がいたのか。心底申し訳なさそうに言う両親を尻目に、涼太はただただ疑問と発見だった。

「そこのお家のね、赤司って名字なんだけど。そこのご長男の征十郎君がこっちで暮らしてるそうなの」

聞けば、実家は京都で通っている中学は遠いからと一人暮らしをしているそうだ。
一人暮らし、というだけで随分自分よりもおとなに感じた。

「征十郎君はしっかりしているし、今回の話も快諾してくれた。涼太は会ったこと無いが……まあお兄ちゃんが出来たと思っていいかもな」

そうあっけらかんと言う父。兄、か。一人っ子の涼太にはなんとも想像つき難い単語だった。

「うん?でも一回だけ顔は合わせたことあるんじゃなかったかしら」
「あれ。そうだったかな」
「ええ、ほんの一瞬ちらっとだけ、だった気がするけど」

そのあとは何故か昔話に花が咲いてしまった両親に呆れ早々に眠った。
確かにふわふわとした記憶の中にそれらしい年上の男の子と会ったという記憶はあった。夏だったかな。しかしそれほど暑くも蝉も鳴いてはいなかったから梅雨が明けた頃なのだろう。
彼は両親に向かって軽く挨拶をしただけで自分は話してはいない。何だか少し急いでいたような気がする。ただ、目に鮮やかなその赤い髪と目がとても印象的だった。



「涼太君、明日から親戚のおうちににお泊まりだっけ?」

一日の平均としては少ない方のスケジュールを片付けて帰る支度をしていたらマネージャーの女性が話を振ってきた。まだ二十代前半の彼女は、扱いにくいであろう子役モデルの涼太にも臆することなく気さくに接してくれる人だった。聞けば一時期保育士を志していたらしい。

「ごめんねえ、私の狭い部屋でも泊めてあげれたら良かったんだけど……」
「うーん、でもお盆は実家に帰らないと駄目なんでしょ?」

妙に脈絡のない返答に彼女は快活そうな目をぱちくりさせると、小さく吹き出してその通りだね、と言った。早く帰って明日の荷造りを終えなければ。

「お仕事の方も夏休みばっちり取ったから、存分に遊んでらっしゃい!」

既に車での移動が両親よりも多くなっている彼女と夏休み前最後の別れの、恒例になっているハイタッチをして玄関のドアを開けると、同じく明日からの出張準備で早く帰ってきている両親のおかえりという声に迎えられた。




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