965 | ナノ


京都某所。

 駅のホームには雪が白い膜を形成していたが、実渕はいい年をしてスキップをしたくなるような気分だった。

 どんな人混みだろうと見つけられる自信があると断言できるくらいに鮮やかな赤色の髪。見間違えるはずがない。少し足早に近づくと見えるすらりとしたその体躯からも、目当ての彼であることが確認できる。ここまでの胸の高鳴りだけを考えれば、デートの待ち合わせのような心境だろう。だがそれは違う。それでも一向に構わないのではあるのだけれど。
 しかし三人でデートの待ち合わせに向かうというのも変な話だ。それ以前に、生憎未だに自分たちに気づいていない可愛い後輩には、想い合う歴としたお相手がいるのだ。非常に残念ではある。しかし今日は自分たちが彼を半日お借りするのだ。半日どころでは済まされないかもしれないが。
 征ちゃん、と休日の雑踏の中でも聞こえるくらいに声を張り呼びかければ、髪と同じ色の凛とはっきりとした視線がこちらに向けられる。偽ることのない真っ直ぐな瞳。実渕はこの後輩のそんなところが先ず好きだった。好きなところなどいくら挙げてもキリがないのだが彼は、昔から怖いくらいに真っ直ぐなのだ。

「お待たせ。こうして会うのは久しぶりね」
「赤司久しぶりー!髪伸びたな!」
「背は変わってねぇみてぇだけどな」

メールなどでちょくちょく連絡を取り合ってはいたものの、高校卒業後はそれぞれ別の大学へ行き面と向かって会うのは実質三年くらいは余裕で過ぎているのだ。赤司は東京へ戻り、学校は違えど実渕達は京都である。

「久しぶり、怜央、小太郎、永吉」

赤司は柔らかく微笑むと、少し伸びたよ。と根武谷へ言い返すことも忘れていない。
 本当に変わったものだ。高校の時の赤司は、本来は今のような気質であるのだろうが、擦り切れそうになるかと思うくらいに張り詰めた性格だった。表情だって今ほど柔和ではない。時折見られる微笑みであっても、どこか危うさがあった。どうにかしてやりたいとは思ったがそれでもやはり、それをどうにかしてしまったのは彼らであった。キセキの世代。中学高校と赤司の一番大切だった彼ら。

本音を言えば少し嫉妬の感情も覚える彼らだが、今日は同じ共犯者。仲良くしてやろうじゃないか。
今日は赤司の誕生日である。折角祝うんだったら何処かで集まろうと言いだしたのは葉山である。根武谷の伝で京都内の店を借り、赤司を呼び出すなどの企画は実渕がした。そのことを本人に言えば案の定遠慮の姿勢を見せてきたが、彼らの名前を出せば渋りながらも了承してくれた。ただし、次の日までには必ず赤司をお返しすることが条件だった。

「今日は先輩の奢り、どんどん飲んじゃって」

洗練された和風の居酒屋の大部屋一角を借り切り、早速三人一斉にあれはどうだこれが美味いなどと赤司を構い倒す。
後輩でありながら自分たちを率いてきた赤司に自分達は確かに惹かれていたし、ついついこうして構いたくなるのだ。他人との馴れ合いというものに長く触れることのなかった当時の赤司にとってしてみれば、かなり過保護な先輩だっただろう。

「そういや赤司。これからキセキの奴ら来るんだけど、あいつらとは最近会ってんの?」

取り分け赤司を捕まえて、それこそ甘えモードの猫のように引っ付いていた葉山が尋ねると、赤司の顔が幼くなるのを感じた。また中学の時でも思い出しているのだろうか。

「ああ、メールは全員と定期的にとってるけど、真太郎とは大学が一緒だし、敦と涼太に至っては態々こっちに出てくる始末だしね。」

愛されてんのねぇ。
思わず口から出た言葉に一瞬目を丸くした赤司だったが、直ぐにあの、困ったような照れくさいような表情になった。

「そりゃまあ、赤司くんですし」


その場が水を打ったように静かになり、次いで根武谷が驚きの声を上げながら後ずさる。黒子、と赤司がその場に存在を証明するかのように名前を呼ぶ。
びっくりした。

「すみません、何回か呼んだんですけど」

黒子が言い終わらないうちに、大部屋の扉が開いて目に鮮やかな集団が入ってきた。
実渕達も人のことは言えないが、揃って高い身長を慣れたように屈めて入ってくる。最後に至っては腰を折らないと入れないくらいだった。二メートル台だとは聞いていたが、こうして見るとまさに巨人であった。

「赤ちん久しぶり〜」
「先週会ったばかりだろう?敦」
「赤司っち!」
「お誕生日、おめでとうございます」
「黒子っち俺の台詞取るなんて酷い!」
「はあ」

収集が困難になるほど騒がしくなってきた。それにしても、キセキを呼びはしたが、まさかこんな準備をしてくるとは思わなかった。今無冠の五将と言われた三人は、目の前の光景に呆気にとられていた。
まず巨人が赤司の隣をキープして葉山に対抗してきたのを皮切りに、残りのキセキたちが赤司へ誕生日を祝う言葉と共にプレゼントを差し出した。それだけなら別に何でもないのだが。
その光景は、それぞれが紫原以外一人ずつ手には花束を持ち、それを一斉に赤司へと差し出しているというものである。傍から見れば多対一の大告白である。しかも。

「涼ちゃんベッタベタ」

黄瀬が持っている恐らくクリスマス・ローズ。持っている本人と相まって妙にハマっている。

「いやぁ」
「褒めてねぇっての」
「しかし緑間君、やはり本物の方が良かったんじゃないですか?」
「流石にパイナップル単体はまずいだろう」

そう言う緑間の手にはアイビー。黒子はユーコミス。恐らくはパイナップルの実を持ってくるかで迷ってのパイナップルリリーなのだろう。そして青峰はジャコバサボテンであった。

「なんでサボテン?」

葉山の率直な質問に今日の誕生花らしいから、と簡潔な答え。

「赤ちんお誕生日おめでと〜。俺達から、受け取ってくれる?」

赤司にくっついたまま、紫原もまた背後からセントポーリアの花束を取り出した。

「いきなり花屋になったな」
「いい香りでいっぱいね?」

そう言い赤司を見やれば、くすりと優しく笑った赤司はこう言った。こんなに沢山だと、持ち帰るのが大変だな。

「寧ろ涼太の分だけで手一杯かもね」
「何故そんなに盛り沢山なのだよ」
「祝いたい気持ちが出ちゃってつい…」

兎に角、結果誰一人としてフられることはなかった。

「さ、アンタ達もさっさと飲みなさい。今日は返さないわよ?」

青峰が一番に飲み比べにやる気を出し、夜中まで続いた宴は終始花々の芳しい香りとその華やかな色彩で照らされ続けた。
花に囲まれているせいか酒が入っているせいかはは分からないが、実渕が今まで見た中で一二を争うほど、その日の赤司は愛情を浴びて美しく咲き誇っていた。

胸が思わず高鳴るほどに微笑み、ありがとう、と言ったこともまた、赤司が酒に飲まれかけていたからなのかもしれない。